第八十四話 現状維持


 『エルフの涙』を後にした俺は、本日最後のお店であるクライブさんのお店へとやってきた。

 ここの店名は未だに分かっていない。

 看板は一応あるのだが、建物同様に経年劣化のせいでとても読める文字ではなくなってしまっている。


 ……ここはちょっと異質な雰囲気があるから、一人だと少し緊張するな。

 まるで異国にでも訪れたような感覚に襲われながらも、俺はクライブさんのお店の中へと入る。


 お店に足を踏み入れるなり、香辛料のスパイシーな香りが鼻をつく。

 こうして連続でお店を回ると、それぞれのお店の特徴が匂いで分かってなんだか面白いな。

 ……と言うか、このスパイシーな香りを嗅ぐと、カレーが頭を過ぎって食べたくなってきてしまう。


 今日もカレーを作ろうかなとも思ってしまったが、これからは毎日1食はカレーを食べなければいけない訳だし、流石に今日はいいか。

 そんなことよりも、まずはクライブさんから探そう。


 店内を大きく一周したのだが、クライブさんの姿はどこにもなかった。

 もしかしたら二階の居住区にいるのではと思いついたが、とりあえずこのお店で売り子しているおばさんに聞き込みをしようか。


「すいません。ちょっといいですか?」

「あい、いらっしゃい! なんの食材をお探しかな」

「いえ、食材ではなくて、クライブさんって人を探しているんですが……何処にいるか知ってたりしますか?」


 俺がそう尋ねると、首を傾げた売り子の従業員さん。

 クライブさんは偽名でも使っているのかなと思っていると、なにかを思い出したのか、売り子さんは手を一つポンッと叩いた。


「あーっ!店長のクライブさんね! ここ最近全く見てないから忘れてしまっていたよ! なにやらずっと部屋に籠っているみたいだから、上の階の部屋に行けばすぐに会えると思うよ」


 クライブさんの情報として、売り子さんがそう教えてくれた。

 やはり、クライブさんは二階にいたんだな。

 ……でも、一つ気になるのはずっと部屋に引きこもっていると言うこと。


 もしかして前回、カレーをご馳走になった時から引きこもっているのか……?

 部屋の汚さ的には、確かに定期的に引きこもっているのでは、と思う程汚れていたからあまり驚きはないが……少し心配だな。

 

「二階にいるんですね! 情報ありがとうございます! 用事を済ませたらまた買いにきますので、その時はよろしくお願いします」

「はいよっ! 買いに戻って来てくれるのを待ってるからね」


 売り子のおばさんにお礼を伝えてから、俺はこの間カレーを作ってもらった二階の部屋へと向かう。

 売り子さんはずっと引きこもってると言っていたが、一体なにをしているのだろうか。

 部屋の前に着き、さっそく扉をノックする。


「クライブさん! ルインです! いたら開けてください!」


 ノックをしてから、中にいるであろうクライブさんにそう声を掛けると、しばらくしてから扉がゆっくりと開いた。

 中からは全身から疲労感を漂わせ、今にも倒れてしまいそうなクライブさんが出てきた。

 目を真っ赤に充血させ、目の下にはドス黒いクマが出来ているし、髪の毛もぼさぼさで変な臭いもする。


「…………おう。ルインじゃないか。……どうしたんだ?」

 

 どうしたんだって……それは完全に俺のセリフだ。

 とにかく、クライブさんの顔が酷い有様になっているのが心配すぎる。


「――クライブさん大丈夫ですか? 物凄く体調悪そうですが……?」

「……ああ。この間、ルインから貰ったグルタミン草なる植物の実験をしていて、寝てないだけだ」

「グルタミン草の実験を……? 寝てない? もしかしてカレーを作った日からずっと寝てないんですか?」

「……まあな。……久しぶりにこんなに没頭してしまったよ」


 から笑いしながら、ぶっ飛んだことを言っているクライブさん。

 あの日から既に四日経過している。

 それだけの時間寝ていないって普通に考えたら、倒れてもおかしくない日数だ。


「クライブさん寝た方がいいですよ! 倒れちゃいますよ!?」

「……丁度、ルインから買ったグルタミン草が切れたから、……今から寝ようとしてたところなんだよ」

「…………それは本当にすいませんでした。……あの、俺は大して用もないので、今日はこれで帰らせてもらいます!」

「くくっ。俺が勝手に起きてたのに、ルインが謝る意味が分からねぇわ。……まあ、ここまで来たんだし、用があるなら聞くぞ。と言うか、言ってくれないと気持ち悪くて寝れねぇわ」

「……いや、本当に大した用じゃなくて、グルタミン草の買値がどうなったかを知りたかっただけなんです」


 俺がそう伝えると、再び笑ったクライブさん。

 何がそんなに可笑しいのか分からない。

 俺と話す人はよく変なタイミングで笑うんだよなぁ。


「くっ……はっは!そんな死にそうな顔して言うことじゃねぇだろ。……まあいい。結論から言うとグルタミン草は全ての料理をひっくり返せるほどの力を持っていると言える。……現状は俺の力が足りずにまだまだかかりそうだがな」

「ん? と言うことは……」

「ああ。グルタミン草を持ってきてくれるなら、これまで通り銀貨5枚で買わせてもらう。本来ならもっと値段がしてもおかしくない性能をしているのかもしれないが、しっかりと効能が判明するまではこの値段で行かせてほしい」


 おおっ! 

 この間の去り際に値段は落ちると言っていたが、まさか現状維持のまま買取を続けてくれるとは!

 これは本当に嬉しい提案だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る