14話
「ほんっと、よく浮かれていられるわね、あんた」
離れて歩くようにと言った割に、マリは自分から私の傍に寄ってくる。
「あんた、私の話聞いてた? 昨日も穢れが出たのよ? これで二日連続よ?」
「神官たちも『元凶探しだ!』ってあっちこっち疑ってかかるし、私たちもいつ襲われるかわからないし」
そう言って、ソフィが反対側から私に体を寄せる。
そのままマリと二人でぎゅっと私を挟みこみ、揃って胡乱な目を向けた。
「のんきにしていられる状況じゃないのよ。わかってる?」
「わかってるけど……」
居心地の悪さに肩を竦めつつ、私は視線をさまよわせた。
もちろん、この大変な状況はわかっている。
穢れがこうも連日発生するなんて、神殿はもちろんのこと、下手をしたら国の危機でさえあるのだ。
私も代理とはいえ、聖女は聖女。
神殿に暮らす身として、いつどこで穢れに出くわすともわからない。
怖くないはずがないし、早く解決してほしいとも思っている――が。
「……それはそれとして、悩むことってあるじゃない?」
それはそれ、これはこれ、である。
神殿の穢れも大問題。しかし、これから神様と会うことも大問題なのである。
「は?」
「はあ?」
……という私の気持ちは、二人には理解してもらえない。
左右から同時に聞こえた声の冷たさたるや。私の浮かれた気持ちも一瞬で凍り付く。
「はー! いいご身分だわ! 神様と会える聖女はいいわよねえ!」
「神様がいたら穢れも怖くないってこと! のんきで結構だわ!」
ぐ、ぐぬぬぬぬ……!
「こ、こっちだって本気で悩んでいるのよ!」
二人の視線に耐え切れず、私は両手を握って声を上げた。
のんきでいるつもりはない。私にとっては切実なのだ。
「そっちだって、私と同じ立場なら――」
いきなり神様が人の姿になった上に、意味深な発言をされてみればわかるはずだ。
頭の中でつい考えてしまうし、落ち着かない気持ちになるに決まっている――。
そう言おうと思っても、口にすることはできなかった。
続く言葉を呑みこんで、私はぐっと奥歯を噛む。
言いかけた口は苦々しく歪み、私は二人を見ていられずに目を逸らした。
――言えるわけないわ。
二人に『私の立場なら』と言ったけれど――その逆なら。
私が二人の立場だったとしたら、それこそ、すぐにわかってしまう。
姿なんてどうでもいい。意味深な発言も気にならない。
どんな姿をしていても、傍にいてくれるだけでいい。
顔を見て、言葉を交わしてくれるなら、それだけできっと羨ましい。
二人から見れば、私は紛れもなく『いいご身分』だ。
まだ自分の神様の姿を見たことのない彼女たちにとって、私の悩みは贅沢で、どうしたって自慢になってしまうのだ。
――こんなとき、リディがいれば。
もう少し、話しやすかっただろうか。
ためらわずに打ち明けられただろうか。
リディアーヌもいろいろ疎そうだし、正直話したところで解決する気はしないけど――それでも。
気兼ねなく、一緒に悩むことができただろうか。
「……エレノア」
口をつぐむ私に向け、すぐ傍でマリがため息を吐いた。
私の表情から、なにを読み取ったのだろう。
少し前の憤りも冷めた様子で――今は少し、呆れたように私を見据えている。
「あんた、いい加減リディアーヌと仲直りしなさいよ」
「誰が、リディなんて!」
「いつまでも意地張っていても仕方ないでしょう。私たちはのろけ話なんて聞きたくないし、エレノアが話せる相手なんて、あの子しかいないじゃない」
反対側では、ソフィが肩を竦めている。
先ほどまでとは違った居心地の悪さに、私は唇を噛んだ。
――仲直りもなにも、リディはもうアマルダとべったりじゃない!
別に私がいなくても、リディアーヌには仲良くする相手がいるのだ。
それも聖女の序列が一位と二位の二人である。釣り合いの取れた二人だと他の聖女は褒めたたえ、これこそ聖女の見本であると神官たちも歓迎している。
今さら私が割って入る必要なんて、どこにあるというのだろう。
――アマルダと仲良くしている相手なんて、私がお断りだわ! 絶対に巻き込まれるに決まっているもの!
「……駄目だわ、これ」
ムカムカと地面を蹴り歩く私を見て、ソフィが面倒くさそうに首を振った。
それから、渋い顔で顔を上げる。
そのまま前を向き、そろそろ入り口が近づいてきた食堂に目を向けたとき――。
「あれ」
ふと、彼女は私の腕を引いた。
「ねえ、なんだか騒がしくない? 人だかりができているみたい」
「あそこ、上位聖女用のテラスだわ。神官たちもいるみたいだけど……」
二人の言葉に、私も食堂に目を向ける。
もともと朝食でにぎわう時間帯ではあるものの、たしかにいつもよりも人が多い。
食堂の奥にあるテラスを中心に人だかりができていて、神官らしき姿もちらほら見えた。
さすがに人だかりの中心までは見えないけど――。
「――そこまでよ! もうあなたの好きにはさせないわ!」
声は聞こえてきてしまう。
少し高くて、妙に耳に残る――いかにも『凛とした』という形容が似合う声に、私は心底不本意ながらも聞き覚えがあった。
――アマルダ!
声の主に、私は思わず顔をしかめた。
できれば二度と聞きたくなかった声だ。
「こんなひどいことをしていたなんて、見損なったわ……! あなたのこと、信じていたのに!」
だというのに、聞こえてくる声はますます大きく響き渡る。
まるで、周囲の人だかりに聞かせているかのように。
「親友だと思っていたけれど、もう見過ごせないわ! 私だって、こんなことをしたくはないけれど……」
――気にはなるけど……関わったらろくなことにならないわ。無視よ、無視!
「行きましょう、マリ、ソフィ」
私はそう言うと、人だかりに目を向ける二人の肩を叩いた。
そのまま目を逸らし、食堂に入ろうとしたとき――。
人だかりの隙間から、ちらりと中心の様子が見えてしまった。
――あれは。
人だかりの中にいるのは、若い神官を従えたアマルダと――もう一人。
「聖女として、放っておくことはできないわ! あなたがこの穢れを生み出していたのね――リディちゃん!!」
アマルダに指を突きつけられた、目を見張るような黒髪の美少女だ。
いかにも高飛車そうにツンと澄まし、こんな時でもうつむきもせず前を見るのは――見間違うはずもない。
――リディ!
親友であるはずのアマルダと対峙するリディアーヌの姿に、私は自分で『行きましょう』と言ったことも忘れて立ち尽くした。
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