3話

 どうにかこうにか言い訳をして神官から男性用の服を借り、昼食に来ていたマリとソフィから食事を分けてもらい、意を決してやってきた神様の部屋の前。

 私は扉の正面に立ち、ひとり大きく息を吸い込んだ。

 これから、あの全裸――もとい神様と対峙するのである。


 ――よし! よーし、行くわよ!!


 覚悟を決めてドアノブを握り、ぐっと押し開けた――瞬間。

 部屋を満たすひやりとした気配に、私は息を呑んだ。


 予想していた全裸の神様は、部屋の中にはいなかった。

 私が借りた服よりも、ずっと上質な白い服を着て、ソファに一人腰を掛けている。


 二脚ある椅子に座っているのは、アドラシオン様とルフレ様だ。

 開け放たれた窓からはそよ風が吹き込み、窓枠には、朝にはなかったはずの蔓薔薇が絡んでいる。

 どこから迷い込んだのか、猫が一匹ベッドの上で丸くなり、見たこともない鳥がテーブルの端に止まっていた。


 扉を開ける直前まで、話をしていたのだろうか。

 私が扉を開けると同時に、全員が口を閉じ――一斉にこちらに目を向けた。


 ――な、なに……!?


 こちらを見据える無数の目の、底知れなさにぞくりとする。

 アドラシオン様やルフレ様はもちろん、猫や鳥の目にさえも、肌が粟立つ心地がした。


 部屋の空気は恐ろしいくらいに澄んでいて、同時に重苦しい。

 体を震わすような威圧感は、強すぎる神気――神々の気配だ。


 ――ルフレ様とアドラシオン様だけじゃない……?


 そよ風、蔓薔薇と聞いて、思い浮かぶのはマリとソフィの神様だ。

 となると、きっとあの猫や鳥も、姿を変えた神々なのだろう。

 もしかしたら他にも、目に見えないだけで神々がいるのかもしれない。


 ――でも、どうしてそんな神々が、神様の部屋に……!?


「…………お前か」


 戸惑い立ち尽くす私に、最初に声をかけたのはルフレ様だ。

 息詰まるほどに澄んだ空気を破るように、彼は乱暴に頭を掻く。


「こいつも来たし、俺たちは帰りますよ。……ま、話し合ったってどうしようもねーし」


 苦々しそうに言うと、ルフレ様は椅子から飛び降りた。

 それからうんざりと頭を振り、部屋を出ようと扉に向かってくる。


「あとは人間たち次第だ。こうなった以上、どうなるかなんてもう予想もつかねーよ! ――ほんと、たいしたことしたよ、お前」


 最後の言葉は、すれ違いざま、私に向けられた言葉だった。

 思わずルフレ様を見やれば、彼のはっとするような鋭い視線が目に入る。

 いつものふざけた調子ではなく、神らしい彼の表情にぎくりとした。


「たぶん、この先ちょっと騒がしくなるぞ。気を付けろ」

「……騒がしく? ルフレ様、それって――」


 どういう意味?――と聞くよりも先に、ルフレ様は再びガシガシと頭を掻いた。

 気を切り替えるように息を吐けば、もう先ほどの神らしさは消えている。


「つーか、こんなときにソワレはなにやってんだよ! あいつ、また人間の男でも追いかけてんのか!?」


 そう愚痴を吐くと、彼は私が止めるよりも先にさっさと部屋を出て行ってしまった。


 部屋の中に振り返れば、猫と鳥もいなくなっている。

 そよ風は止み、窓枠に絡む蔓薔薇は枯れ、アドラシオン様もまた、一礼をして掻き消えた。


 神々がいなくなった部屋の中。

 もう残っているのは、神様一人だけのはず。


 なのに――。


 私はソファに座る、人の姿をした神様に目を向けた。

 私の視線に気が付き、神様も立ち上がって目を細める。

 怖いくらいの美貌は柔らかい笑みに変わり、どことなくぽやんとしているようにも見える、のに。


「おかえりなさい、エレノアさん」


 その声に答えることもできずに、私は立ち尽くしたままだった。


 部屋を満たす、重たい神気が消えていない。

 息苦しいくらいだった。

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