2話

 ――逃げてきてしまったわ。


 私は宿舎の自室でベッドに腰かけ、ひたすら呆然と天井を見つめていた。

 窓から見える太陽は、まだ東の端の方。

 朝らしい爽やかな陽光が差す中にあって、私の頭はまったく爽やかではなかった。


 ――裸、見てしまったわ。


 天井を見つめつつも、浮かぶのは少し前に目にした衝撃の光景だ。

 息を呑む――なんて言葉では足りない、怖いくらいに精緻な美貌。

 流れるような金の髪に、細められた同じ色の目。

 首筋は女性のように滑らかで、だけど体つきはしっかりと男性で、むき出しの肩から下にしなやかな筋肉が見て取れた。


 ゆるりと身を起こした彼のその肩から、シーツがするりと落ちていく。

 あらわになる胸元、腰、それから――――。


 ――見てない! そこまでは見てないわ! 影になっていてはっきりは見えなかったもの!!


 私は両手で頬を叩くと、慌てて頭に浮かべそうになったものを追い払った。

 見えていなかった! そして別に、見ようと思ったわけでもない! ないったらない!


 ないったらないけど――見えそうになった瞬間、私は取るものもとりあえずベッドから跳ね起き、部屋を逃げ出してしまったのだ。


 ――し、失礼だったわ! でも、どうしようもないでしょう!? 落ち着いていられるわけないわよ!!


 八つ当たりに枕を抱きつぶし、私はぶんぶんと頭を振った。

 何度追い払おうとしても、起き抜けに見てしまったあの姿が消えない。

 こんな状態で神様の前に出られるわけがないし、そもそもこんな状態にした張本人が神様なのである。

 まともに顔を合わせられる気がしなかった。


 ――たしかに最近、神様が人間の姿になっているような気はしていたけど……!


 私の見ていないところで、ちょくちょく人の姿になっていた気はしていた。

 だけど今まで、一度も姿を見せたことはなかったのだ。

 なのに、どうして急にこんな!


 ――エリックのこともあったのに! 頭から吹っ飛んだわ!


 婚約が破談になったことにも、さんざんなことを言われたことにも、今は怒りさえ湧いてこない。

 いや、実際には猛烈に腹が立ってはいるのだけど――そのことを考えようとすればするほど、行きつく先は神様なのだ。

 だってエリックに泣かされて、慰めてもらったとき、いつものぷにぷにの触感じゃなかったってことは――。


 ――まさかあのときから……ずっと……!?


 それ以前によく考えれば、いつものぷるんとした姿の神様だって服を着ていない。

 ということは、あのときからずっと裸で、私はそれをつついたり、つまんだり、引っ張ったり…………。


「………………」


 ああああああああああ!!!

 つつくときのちょっと照れくさそうな神様の反応ってもしかして、そういう!?


 ――ま、まだ結婚前の身なのに……!


 男の人のあれやそれやを弄んでしまった。

 いったいどこを弄んだのかは、ぷにぷに状態ではさっぱりわからないけど!


 けど! と思いながら、私は枕に顔をうずめる。

 赤くなっているのか青ざめているのか、自分でもさっぱりわからない。

 ただ、汗だけが顔中から滲んでいた。


 こんな顔、とても見せるわけにはいかない。

 それ以前に、神様の部屋に戻ったら、またあの全裸姿に出くわすわけで――って!


 ――わ、忘れてたわ! 神様、まだ全裸のままじゃない!


 神様の部屋には、もちろん男性用の服なんてない。

 そして神様の部屋を訪ねるのは、代理聖女である私の他には誰もいない。

 ということはつまり――私が行かなければ神様はずっと裸のままなのである。


「…………」


 頬に熱を持ったまま、私は無言で枕から顔を上げる。

 さんざん悶えていたらしく、窓を見れば太陽も随分高くなっていた。

 そろそろ朝食よりも、昼食の方が近いという頃。

 昨日はエリックのせいで食事どころではなかったから――。


 ――神様、お腹すかせていないかしら。


 裸で外にも出られず、部屋の中で一人。

 食事もとれずに困っている神様を想像し、私は顔をぎゅっとしかめた。

 行きたくはない。

 こんな顔を見せたくはないけど。


 ――行かないわけにはいかないわ。


 いまだ熱い頬を強く叩くと、私は覚悟を決めて起き上がった。

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