4話

 呆けた私に、神様はなんてことないような顔で歩み寄ってくる。

 今は服を着ているけれど、ベッドで見た眩むほどの美貌は相変わらず。穏やかな笑みを浮かべていても、どこか底知れない怖さがある。


「エレノアさん、今朝はすみません。結局、見苦しい姿を見せてしまって。アドラシオンから服を借りたので、もうあんなことはないかと……」


 気恥ずかしそうに言う神様を、私は声も出せずに見つめていた。

 何度見ても人の姿をしているけれど、声は紛れもなく神様そのものだ。

 口調も同じで、ゆるんとした雰囲気も変わらない。

 なにより、彼の纏う神気が、私の知る神様のそれと一致している。


 ただ、その神気の量だけが、傍にいるだけで震えるほどに増していた。

 まるで――このまま、押しつぶされてしまいそうなほどに。


「……エレノアさん? どうされました?」


 立ち尽くす私を見下ろして、神様はきょとんとしたように小首をかしげた。

 以前まではぷるんと震えていたはずなのに、今は代わりにさらりと金髪が垂れる。


「さっきからずっと黙って……なにかありましたか?」


 なにか――――ありまくりだ。

 まるで他人事のように言っている張本人が、その『なにか』そのものである。


「困ったことでもありました? 少し顔色が悪いようですが……もしかして、体調でも崩されたんでしょうか?」


 しかし、本人はまるっきり無自覚らしい。

 無言のままの私に、どうしたものかとおろおろしはじめている。


「エレノアさん、様子がおかしいですよ。どうされたんですか? なにか、気に障るようなことでも――――あ」


 はっと気が付いたように、彼は自分の胸に手を当てる。

 ようやく理解した、と言いたげに彼はひとつ頷き――――。


「また、エリックさんと何かあったんですね!」


 気づいてない。

 震えるほどの神気に晒され、底知れない恐ろしさを感じながらも、私は無意識に唇を噛む。


「今度はいったいどんなことを言われました? また、なにか傷つくようなことを……!?」


 ぐ、と口の奥から声も出る。

 しかし神様当人は、私の内心にはさっぱり思い至らない様子で、明後日の方向に心配をし続けている。


「それとも、昨日の今日ですから……エリックさんの言葉を気にしていらっしゃるのでしょうか」


 ――ぐ。


 ぐぬぬぬぬ――――。


「エリックさんはエレノアさんの婚約者でいらっしゃいますし、そう簡単に気持ちを切り替えられは――――」

「ぬあああああ! もう!!!」


 気落ちしたように目を伏せる神様に、私は耐えられずに声を上げた。

 怖いくらいの神気だとか、押しつぶされそうだとか――そんな私の恐怖心も、まごまごした神様の言葉に吹き飛んだ。

 顔を上げて神様を見据えれば、彼の方がぎょっとしたように身をのけぞらせる。


「エリックなんて、ど――でもいいんですよ! 神様!!」

「は、はい?」

「様子がおかしいの、どう考えても神様の方ですよね!!??」


 一歩足を踏み出せば、神様は驚いたように身を引いた。

 ぷるぷる姿の時とまるで変わらないその反応に、私は内心で頭を掻く。

 やっぱり彼は、あのぷるんとした神様と同一人物なのだ。


「なんでそんな平然としているんですか! そんな、なにもなかったみたいな! 自覚がないわけじゃないですよね!?」


 一度堰を切ると、出てくる言葉は止まらない。

 緊張感が解けたのと相まって、私は神様に掴みかかる勢いで前に出た。


「どうしてこの部屋に、あんなに神様方が集まっていたんですか!? なんの話をしていたんですか!? その神気はなんなんですか! というか、そもそも――」


 一度言葉を切ると、私は大きく息を吸い込んだ。

 聞きたいことは山ほどあるけれど――そもそもの話。

 今の私が聞きたいのは、なによりもこのことだった。


「なんで神様! 人の姿になっているんですか!!!!」


 心の底から叫ぶと、私は荒い息を吐き出した。

 言いたいことを言いきり、肩を上下させる私の目の前。

 神様は、相も変わらずきょとんとした様子で瞬き――。


「よかった」


 なぜか、ほっとしたように目を細めた。


「エレノアさんが元気になってくださったようで、安心しました」


 いかにも嬉しそうな神様の様子に、思わず手が出そうになるのを、私はぐっと押しとどめた。

 これまでのぷにぷにの姿だったら、間違いなくぐにっと摘まんで引っ張っていたところだ。

 この、天然ぽやぽや無自覚神め!!!

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