9話
「――っていうかさあ」
リディアーヌのことを思い出し、ムカムカと腹を立てる私に、相変わらず呆れた様子のマリが呼び掛けた。
「リディアーヌの話で思い出したけど、あんた、あの子から家具をもらってなかった?」
「……もらったけど」
訝しげなマリの表情に、私はどことなく低い声で答える。
ついつい身構えてしまうのは、説教をされるような気がしたからだ。
食事の世話どころか、家具まで受け取っておきながら、腹を立てるなんて図々しい。
さんざん世話になったくせに、リディアーヌに怒る資格はあるのか――。
なんて言われると思っていた私に、マリの次の言葉は予想外すぎた。
「それで、なんでまだ神様と一緒に暮らしてないの」
「…………は?」
「あんた、今も宿舎で寝泊まりしてるでしょ? 相手は無能神だし、傍にいたくない――って言うならわかるけど、あんた、そうじゃないわよね?」
マリはそう言って、ティースプーンの先を私に突き付けた。
眉間にしわを寄せ、いつも以上にきつい目つきで睨みつける彼女に、私は思わず身を強張らせる。
そんな私に、マリは容赦なく言葉を続けた。
「神様が許してくれるなら、一緒に暮らすのが聖女でしょう。ずっと部屋にいれば、姿が変わってるかどうかだって確かめられるかもしれないじゃない。なのに、なんでそうしないのよ」
「な、なんで……って」
突き刺すような彼女の声に、私は口ごもる。
逃げるように視線を逸らせば、マリの隣に座るソフィと目が合った。
どちらかと言えばおっとりしたタイプのソフィだが――今は、妙に視線に圧がある。
じとりとしたソフィの視線と、鋭いマリの視線に、私はぐっと奥歯を噛んだ。
逃げ場がない。
――うう……。
居心地の悪い空気に、私は内心で呻く。
やっぱり、リディアーヌに相談すればよかった――などと思っても、もう遅い。
言い逃れのできない空気に圧され、私はしどろもどろに口を開く。
「だ、だって……」
両手を握りしめ、視線を落とし、私は肩を縮ませる。
別に後ろめたいわけでもないのに、私の口はひどく重かった。
「…………あの部屋、ベッドが一つしかないのよ」
口から出るのはかすれた声だ。
頬がじわりと熱を持つ。
妙にもじもじとした自分を、自分で『らしくない』と思うけれど、それでも顔を上げられない。
気恥ずかしさに、変な汗まで出てくる。
「二人分のベッドを置けなかったのよ。それにベッドも小さくて……」
「それがどうしたのよ」
しかし、マリはピンと来ていない様子だ。
渋い顔でこちらを見る彼女に、私の声はますます小さくなる。
「だ、だってそうなると……一緒に寝ることになるじゃない? 神様は優しいから、私にソファを使わせないでしょうし……」
神様はあの体だから、ベッドなんて使うだろうか?――と最初は思ったりもしたが、これがどうして、意外と使われている形跡があるのだ。
ベッドの上に跡が残っていたり、枕が凹んでいたりするあたり、普通の人間と変わらない使い方をしているらしい。
となると、神様をベッドから追い出すわけにはいかない。
ならば二人でベッドに眠ることになるのだが――そうすると、今度はベッドが狭すぎた。
どう距離を取ろうとしても、神様の体に当たってしまうことは、実際に寝てみなくても、簡単に想像がつく。
神様と二人、同じベッド。
なにもしなくても体がくっついてしまう……というのは、あまりにも――。
「は、恥ずかしいじゃない。だって、意識しちゃうでしょう……?」
いくら神様がぷるんとしているからって、彼も異性であることに違いない――と思う。
そうなると、私だってこれでも年頃の乙女なのだ。
指先で神様をつつくのと、ベッドの上で並んで寝るのは訳が違う。
なにも思わないでいられるはずがなかった。
――そんなことできないわ! ただでさえ意識してるのに……! い、いえ! してない、してないけど!
してないけど、頬どころか耳の先まで熱を持ちはじめる。
落ち着いていられず、私は知らずぎゅっとスカートを握りしめた。
そのまま、そっとマリたちを窺い見れば――。
「…………は?」
凍るような冷たい視線が目に入る。
熱を持つ私とは対照的に、二人は凍りついた表情を浮かべていた。
その表情で、彼女たちは一度大きく息を吸う。
それから――食堂中に響き渡る声で、叫んだ。
「はああああ!? やっぱり自慢じゃない!!」
「意識!? なに言ってんのよ、この贅沢者が!」
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