8話

 とはいえ、現在の私がリディアーヌに相談することはできなかった。


 なにせ、リディアーヌは序列二位の聖女なのだ。

 序列の高い聖女は、普段から神殿外の仕事があって忙しい。

 そのうえ現在は、未だ寝たきりのロザリーに代わって彼女の仕事まで引き受けているのだからなおさらだ。

 最近ではほとんど神殿に戻ることもできず、儀式やら祭礼やら、果ては箔を付けたい有力貴族のパーティへの参加やらで駆けずり回っているらしい。


 そんな忙しい聖女に私の悩みを打ち明けて、余計な気を遣わせるわけにはいかない――なんてけなげな理由で相談を控えているわけではない。

 彼女に話をしないのは、もっと切実で――もっと、どうしようもない理由からだった。


 それというのも――。


「そういうの、私たちじゃなくてリディアーヌに話せばいいのに」

「まーだ喧嘩してるの? バカバカしい」


 呆れた顔のソフィとマリに、私はむっと顔をしかめる。

 空になった紅茶のカップを睨みつければ、思い出すのは数日前のことだった。


 あの日、私はリディアーヌに誘われて、アドラシオン様の屋敷を訪ねていた。

 彼女は神殿に戻ってくること自体が久しぶりで、この先もしばらくは外に出たきりになるらしい。


『だから、今のうちにパンを渡しておかないと、と思っただけで! べ、別に話がしたかったわけではなくってよ!』


 とまあ、いつも通りのツンツンで、無茶をしていないか心配していたけど、意外に元気そうだなあ――なんて思ったことは置いておいて。

 問題は、そこで最近の彼女の仕事事情を聞いてしまったことだ。


『――はあ!? アマルダと!?』

『そう。彼女、ロザリーと仲が良かったでしょう? だから一緒に仕事を入れることが多かったみたいで――ロザリーの代役をしていると、よく顔を合わせるのよ』

『顔を合わせるって……大丈夫なの!? アマルダって、リディと仲が良くなかったんじゃ……!』

『ええ。そのことなんだけど――』


 思わず声を荒げる私に、リディはたしなめるように――それでいて、どこかはにかんだように微笑んだ。

 その表情を思い出し、私はこぶしを握り締める。


 ――なにが! 『話してみたら意外といい子だった』よ! いえ、アマルダも悪い子ではないけど!


 むしろ、アマルダは言うことも態度もいい子そのものである。

 もっと空気を読んでほしいとか、周りの気持ちを考えてほしいとは思えども、彼女自身が悪いことをしたことはない。


 だけど、そのせいで父の関心も婚約者も失った私としては、心中穏やかではいられなかった。


 ――ロザリーの言うことを鵜呑みにしていた? 誤解していたことを、すぐに謝ってくれた!? それで許す方も許す方だわ!


 なーにが、『人を見るのが仕事』だ、と私は内心で吐き捨てる。

 ぜんぜん見えていないどころか、『こっちも彼女のことを誤解していたのかもしれないわ』なんて言うあたり、ものの見事にアマルダの手ひらの上である。


 ――絶対に後悔するわ! 私は警告したわよ、『アマルダには気を付けなさい』って!


 いつだったか姉に言われたのと同じ言葉を、私はリディアーヌに告げていた。

 だけど彼女は理解してくれるどころか、かえって咎めるように私にこう言ったのだ。


『まだ相手のことも知らないのに、そんな風に言うものじゃないわ』

『まだ知らないのに――って、よく知ってるわよ! リディより付き合いが長いのよ!? なんなら、リディよりアマルダの方がわかるわよ、私!』

『わ、わたくしよりってどういう意味よ!』


 ……とリディアーヌが言い返し始めてからは、もう泥仕合だった。

 さんざん不毛に言い争い、最後は結局喧嘩別れである。


『わたくしが誰と付き合おうと、わたくしの勝手だわ! あなただって、友達はわたくしだけではないんでしょう!』


 苛立ったようなリディアーヌの声が、まだ耳に残っている。

 思い出してもまだ腹が立ち、私は唇を噛んだ。


 ――だったら勝手にすればいいわ! なにがあっても知らないんだから!


 ふん、と荒く息を吐く私を、肩ひじをついたマリが見やる。

 彼女は呆れたように眉をひそめ、面倒そうに首を振った。


「変に意地張ってないで、さっさと仲直りしなさいよ。アマルダ・リージュのことで喧嘩なんて、くだらなさすぎるわ」

「意地なんて張ってないわ! あっちがへそを曲げているのよ!」


 ダン! とテーブルを叩いてそう言えば、マリはますます呆れた顔をする。


「それ、リディアーヌも同じこと言っていたわよ」


 とまあ、そういうわけで。

 私は現在、リディアーヌと喧嘩中なのである。

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