29話

 ――思えば。


 ソワレ様の『王子様』が聖女だなんて、ルフレ様は一言も言っていなかった。

 彼はただ、ソワレ様には本命がいると言っただけで、それを私が勝手にマティアス様だと思い込んでしまっていたのだ。


 だいたい――そう。ルフレ様は最初から、こう言っていたではないか。


『ちゃんと自分で選んだ、本当の意味での聖女がいるのは、アドラシオン様くらいなもんじゃないか』


 聖女を選んだのは、アドラシオン様だけだ、と。


『あとはみんな、どこの誰とも知れない奴ばっかだよ』


 ソワレ様は聖女を選んでいないのだ。

 彼女の聖女を名乗るのは、『どこの誰とも知れない奴』でしかない。

 マティアス様――マティアスも、つまりはロザリーと同じ。ただの『自称』聖女ということになる。


 でも、そうなるとソワレ様の『王子様』は――。


 ――まさか。


 あのとき、ソワレ様を追いかけて雑木林に駆けこんできたのは、マティアスだけではなかった。

 彼の他に、もう一人いたではないか。


 アマルダの取り巻きで、私たちに原因探しを押し付けた張本人で、聖女嫌いな高位神官。

 王子様とはかけ離れた、分厚く巨大な男が。


 ――まさか、まさか……!


 ソワレ様の『好きな人』。

 黒く染まった姿を見せたくない相手。

 無茶をしろなんて頼んでいなくて、ボロボロの神に頼らない方法を考えていて、人間の力で穢れに立ち向かおうとして――。


 徹夜の私に食事を持ってくるくらい、『心配性』な男。


 ――――嘘でしょう!!?


 ぎょっと目を見開いたのは、ほんの一瞬。

 走馬灯のように駆け巡った思考は、強烈な浮遊感にかき消された。


 ――って! こんなこと考えている場合じゃないわ!!!!


 などと、考えられたかどうかも定かではない。


 魔物を倒すと同時に、空中に投げ出されたソワレ様。

 彼女の下には、魔物がえぐり出した大きな穴。

 そこに後先考えずに飛び込んだのならば、次に待ち受けるのは当然――。


 容赦のない落下である。


 ――きゃ。


 なんてかわいいものではない。

 腹の奥がきゅっと縮むような感覚に、私は人前であることも忘れて、腹の底から叫んだ。


 ――――う。


「うわあああああああああああああああ!!!??」


「くそっ! ガキどもが…………!!!!」


 ソワレ様をどうにかこうにか捕まえた私の体を、肉厚な腕がさらに引き寄せる。

 そのまま彼は――レナルドは、私ごとソワレ様を抱え込んだ。

 まるで、守るように。




 その、腕の中。

 太い体に視界を遮られたうえ、恐怖に目の前も見えていない私は気が付いていなかった。

 周囲を漂う黒いもやがかき消えていく様子も――。


 抱き留めたソワレ様の体が、たしかな感触を取り戻していることも。

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