28話 ※ソワレ視点

 ――苦しい。

 ――恨めしい。

 ――羨ましい。


 無数の呪詛が体の中をむしばんでいる。

 絶え間ない悪意が頭に囁きかけている。


 限界を超えても穢れを受け止め続けてきた報いが来る。


 ――王子さま。


 魔物から投げ出され、体が落ちていくのを感じながら、ソワレは無意識に視線をさまよわせた。

 悲鳴を上げる人々の中から、王子様の姿を探している。


 だけど、その姿を見つけるよりも先に、自分に向けられている目に気付いてしまった。

 怯え、恐れ――魔物ではなく、ソワレの姿を見て叫ぶ声に、抱くはずのない感情があふれ出す。


 ――憎い。


 指の先がこぼれ落ちていく。

 黒く染まったまま戻れない。


 ――憎い、憎い、憎い。


 思考がどろりとした感情に埋め尽くされる。

 溜め続けた穢れが、ソワレの体を支配する。


 ――人間が、憎い。


 こうなることはわかっていた。

 ルフレもアドラシオンも、何度も警告をしてくれた。


『彼』だって。


 ――王子、さま。


 意識の消える直前、思い出したのは昔のことだ。

 ほんの十六、七年前。

 ソワレにとっては瞬きのように短くて、人間にとっては、子供が大人に変わるくらいに遠い過去。


『――――約束する』


 ソワレよりもまだ背が低かったころ。

 彼は不機嫌そうにそう言った。


『お前を助けてやる。今は無理でも、すぐに偉くなってこの場所を変えてやる』


 彼はどれだけ覚えているだろうか。

 ソワレはその言葉の一言一句を忘れていない。


 無邪気な信仰心に溢れ、希望を抱いて神殿に足を踏み入れる子供たちだからこそ、そのほとんどが心挫かれ、立ち去るか周囲に染まる他にない中で。


『だから、どこにも行くなよ。が神殿で、一番偉くなるまで――』


 彼だけが、今もソワレのためにあがき続けていてくれるのだ。


『絶対に、無茶して消えるような真似なんてするなよ!』


 ――ごめんね。やっぱり、無茶しちゃった。


 約束を破ってしまった。

 ソワレはおとぎ話のお姫様にはなれなかった。

 王子様の居る場所を守りたくて、力になりたくて、結局こんなことになってしまった。


 ――わたしの、王子さま。


 白馬の王子様には、もう助けてもらえない。

 投げ出された体が向かう先は、もう戻れない深い穴の底だ。


 落ちる。

 堕ちる――――。







「――――――――待ったああああああ!!!!」


 手を伸ばしたのはまったくの無計画。

 黒いもやを纏ったまま落ちていくソワレ様に、触れたらどうなるかなんて何一つ考えてはいなかった。

 背中から「エレノア、このお馬鹿!!」とか「アホー!」「無鉄砲!!」とか罵声が聞こえるけれど、聞こえない。

 とにもかくにも、ソワレ様の体を受け止めようという一心で、私は無我夢中で地面を蹴っていた。


「ソワレ様!!!!」


 その指が、もやがかったソワレ様に触れる――――直前。

 反対側から、同じように飛び込んでくる巨大な人影に気が付いた。


 肉厚な体を揺らし、いつも嫌味に笑う顔を歪め、必死に太い腕を伸ばしてくる男の姿に、私は状況も忘れて目を見開いた。


 ――――れ。


「レナルド――――――!!!!??」

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