20話

「はあ? 代用品って、あなたねえ……!」


 いきなり割り込んできて、その言い草はないだろう。

 思わず座っていた椅子から立ち上がり、私はロザリーを睨みつける。


「リディアーヌはアドラシオン様に選ばれたのよ。そんな言い方、アドラシオン様も侮辱しているわ!」

「でも、本当のことでしょう? アドラシオン様の聖女はただ一人。それ以外はみんな代用。みんなが知っている真実を口にしただけよ」


 可愛らしい顔を歪ませて、ロザリーは呆れたように肩を竦めた。

 それから、ふと気が付いたかのように、彼女は「ああ」と馬鹿にした顔でつぶやく。


「それとも、最低の無能神にすら選ばれない、出来そこないの偽聖女さんは知らなかったかしら? アドラシオン様の聖女が、建国の少女の生まれ変わりだってこと。――ロマンチックよねえ。何度もアドラシオン様のために生まれ変わり、彼を支え続けるなんて」

「それは知っているけど……!」

「何度生まれ変わっても、少女はアドラシオン様を探し出し、アドラシオン様は少女を見つけるの。たとえ、互いの姿がわからなくなっても、過去の記憶が二人を導くのだというわ。……ええ、だからこそ、アドラシオン様の愛も深いのね」


 ふふん、と笑うように息を吐き、ロザリーはリディアーヌを見やる。

 私なんて眼中にもないかのように、彼女はそのままリディアーヌに語り掛けた。


「アドラシオン様が愛するのは、生まれ変わりの少女だけ。『代用品』を選ぶことはあっても、お慈悲を与えることは決してない。あのお方の体は、数百年より前からずっと、少女のために捧げているのだから」


 みんな知っているわ――とロザリーは繰り返す。

 彼女の可憐な顔に浮かぶのは、勝ち誇ったかのような笑みだ。

 満足げに目を細めつつ、彼女は頬に手を当てて、かすかに小首を傾げてみせる。


「……あら。先ほどからずっと黙っているけれど、どうかしたのかしら、リディアーヌさん?」


 ロザリーの言葉に、私は思わず瞬いた。

 思えばここまで、リディアーヌからの反論が一度もない。


 ――黙っているタイプじゃないのに。


 こういうとき、言われ放題にしているリディアーヌではない。

 むしろ黙っているべきタイミングでさえ黙らないのがリディアーヌだ。

 いったいどうして――と振り返り。


「かわいそうに。本当のことを言いすぎるのも残酷だったかしら」


 私は、小さく息をのむ。


 別に彼女は、傷ついて泣いているわけではない。

 言葉もないほどに怒っているわけでもない。


 ただ、いつものツンとしたすまし顔のまま――両手を握りしめ、耐えるように唇を噛んでいるだけだ。


「伴侶たる神に愛されない聖女なんて、あまりに惨めだものね。他に愛する人がいる方を、ずっと想い続けなければならないなんて、私なら耐えられないわ」


 リディアーヌを見やる私の背中。

 ロザリーが気持ちよさそうに語り続ける。


 取り巻きたちの笑い声さえも絶え、しんと静まり返った食堂。

 誰もが口を閉ざす中、ロザリーの歌うような声だけが響き渡っていた。


「他の聖女は、みんな愛される悦びを知っているのにね。序列二位の偉大な神に選ばれておきながら、自分だけは愛を得られないなんて、どんな気持ちなのかしら」

「……」

「夫に愛されない妻があって? 妻を愛さない夫があって? 夫婦たる神と聖女は愛し愛されなければ本物とは言えないわ」


 無言のまま、私は拳を握りしめる。

 少しは気が落ち着くかと大きく息を吸い込んだが、まるで効果はないらしい。

 いっぱいに息を吸い込んだまま――。


「どれほど序列の高い神の聖女でも、愛されなければ聖女失格よ。あなたは、まさに『代用品』。しょせんは偽聖女なのよ」

「……あなたもじゃない」

「は?」

「あなたも偽聖女じゃない! ルフレ様に逃げられているくせに!」


 ロザリーに振り返り、全力で吐き出した。


「なにが夫婦よ! あっちは怖がって近づこうともしないのよ! 愛されるどころか、代用品未満じゃない、バーカ!!」

「なっ……!」


 驚くロザリーには目も向けない。

 うっかり口にした、品のない言葉も気にしない。

 私は言葉を吐いた勢いのまま、後ろ手にリディアーヌの手を掴む。


「行くわよ、リディアーヌ!」

「……えっ!?」

「いいから!」


 戸惑うリディアーヌの言葉さえも聞かず、私はぐっと彼女の手を引いた。

 駆け出す私たちを見て、ロザリーが慌てたように声を張り上げる。


「ま、待ちなさい! どうして知って――いえ! どういう意味よ! ――止まりなさい! 言い逃げする気!?」


 待てと言われて待つ奴はいない。

 もちろん、言い逃げする気満々である。


「どういう意味か知りたければ、愛する神様にでも聞いてみることね!」


 まるで三下悪役のような捨て台詞を吐くと、私はリディアーヌを連れて食堂を飛び出した。

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