41話

 翌朝の私は上機嫌だった。


「――神様! 喜んでください!!」


 いつもの食堂のトレーを手に、私は意気揚々と神様の部屋に乗り込んだ。

 勢いよく扉を開ければ、窓辺で日向ぼっこをしている神様が目に入る。


「え、エレノアさん? 急にどうされました?」


 心地よさそうにゆるんとまどろんでいた神様が、私の様子に驚いた声を上げる。

 相当油断していたのか、彼はどこか気恥ずかしそうに身を震わせるが、気にしてはいられない。

 私は震える神様に容赦なく近づくと、彼に向けてトレーを突き付けた。


「どうもこうも、見てください、これ!」

「……はあ」


 と首を傾げつつ、神様は体を伸ばしてトレーを覗き込む。

 顔も目もないのに、いったいどうやって見ているのか――なんて些細なことはどうでもよい。

 それよりも大事なのは、このトレーの上の食事である。


「温かい食事ですよ! 食堂の、できたての!」


 いつもの『無能神の聖女』用の、具のないスープとパン一切れ、ではない。

 かといって、リディアーヌから分けてもらうような、豪華すぎるフルコースでもない。

 食堂で普通の聖女に配られる、ごくごく普通の――まだ湯気の立つ、できたての食事だった。


「これまでの詫び代わりに、マリとソフィから食事をもらうことにしたんです! あ、全部ではなく、おかずの一部をもらっただけですけど!」


 今までの嫌がらせの詫びとして、私が二人に要求したのは食事の提供である。

 二人の食事から、毎食少しずつ。私と神様用の食事を分けてもらうことで手を打った。


 今後ずっと食事を減らされるということで、文句の一つでも言われるかと思いきや、私の食事を見るなり哀れまれたのは内緒だ。

『なにそれ! あんたの食事、犬の餌!?』

『こんな量で二人分とか頭おかしいわ! 死んじゃうわよ!』

 などとさんざんな言われようだったが、そのぶんおかずを上乗せしてもらえたので怒るまい。

 食べ物の恨みは深いが、一方で喜びも大きいのである。


「これまでもリディからいろいろ分けてもらっていましたけど、やっぱりアドラシオン様の屋敷は遠いですからね。運んでいる間に、食事も冷めちゃいますし、ここ厨房がないから、温め直すこともできませんし」


 何度も足を運べないので、自然とリディに分けてもらうのは、日持ちのするパンやチーズばかりになってしまっていた。

 もちろん、それはそれで非常にありがたいのだけど――。


「やっぱり、冷たい食事ばかりでは味気ないですからね。これで神様にも、温かい食事を召し上がっていただけますよ!」

「……私に、ですか?」

「はい!」


 どこかぽかんとした様子の神様に、私は思い切りうなずいて見せる。

 今まで聖女もなく、ずっと放っておかれた神様だ。

 きっと温かい食事なんて、長らく口にしたことはないだろう。


 ――でも、これからはちゃんとした食事をさせてあげられるわ。


 リディのパンもある。マリとソフィから回収した温かいおかずもある。

 神様の食事としては貧相かもしれないが、上を見たらキリがない。

 二人で薄いスープを分けていたころを考えたら格段の進化なのだし、せっかく分けてもらった食事なのだ。

 もっともっと、と思うより、今はこの食事を最高においしく食べたいのである。


 ――そうでなくとも、神様に温かい食事を食べていただくのははじめてだもの!


 きっと喜んでくれるだろう――と思うと自分も嬉しくなる。

 期待に表情がゆるむのを止められず、私は浮かれた顔で部屋の中を見回した。


「とにかく、温かいうちに食事にしましょう! リディからもらったパン、たしか部屋の隅に――」


 あるはず。

 と言う言葉は出なかった。


 ウキウキしながら神様に背を向け、部屋の隅に置いてあるパン入りのバスケットに足を踏み出した、その瞬間。


 ズルっと足が滑った。


「あっ」


 と口に出たときにはすでに遅い。

 私の足は地面を踏み外し、体が大きく傾いていた。


 ……トレーを持ったまま。



 ――あああああああああああ!!!

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