5話

 私の手の中で、神様はきょとんと体を震わせた。


「……私の姿、ですか?」


 心底困惑した声でそう言うと、彼は自分の体を見下ろす――かのように体をひねる。

 右にくねり、左にくねり、最後に彼は体の上部をくねらせた。

 まるで、首を傾げているようなしぐさだ。


「ええと、自分ではよくわかりませんが……なにか変わっているのでしょうか?」

「い、いえ、今は変わっていないのですけども……!」


 逆に神様に尋ねられ、私は一瞬言葉に詰まってしまった。

 私を見上げ、どことなく不安そうに揺れる神様に、嘘やごまかしは見られない。

 となると――。


 ――もしかして、無自覚?


 あるいは、私の思い過ごしだろうか。

 そう思いかけ、いやいやまさかと内心で首を振る。

 単なる勘違いでは、神様の頭の上にあるビスケットの説明がつかない。


「今ではなく、私の見ていない時に――神様、背が伸びていたりしません? だって、今まで棚に手が届かなかったのに、どうやってそのビスケットを取ったんですか!」


「背が……?」


 私の言葉にも、神様は相変わらずピンと来ていないようだった。

 頭にビスケットを載せたまま、彼は困ったように首を傾げる。


 だけどしばらくして、「ああ」と、なにか腑に落ちたかのようにつぶやいた。


「もしかして、伸びるって『こういうこと』でしょうか」


 こういうこと?

 と疑問を抱くよりも先に、神様は大きく身を震わせた。

 私の手を振り払うように揺れると、彼は一度、潰れるように身を縮ませる。

 それから、ぐんっと背伸びでもするように、勢いよく縦に伸び上がった。


「……………」


 例えるならば、焼く前のパンの生地だろうか。

 細長く、天井近くまで伸びた神様を、私はしばし呆然と見上げた。


 ――なるほど。


 そりゃあ横に伸びるのだから、縦にだって伸びてもおかしくはない。

 これだけ長ければ棚の上にも手が届くし、ビスケットも茶器も取り出せるだろう。

 なるほどなるほど。ここ最近の疑問はこういうわけだった――――。



 ――って、そんなわけないでしょ!!!!



 危うく納得しかけた自分の頬を、私は慌てて両手で叩いた。

 さすがに人の気配と、長いパン生地の気配は間違えない。

 というかこれだと、足音の謎が解けていないではないか!


「神様!!」


 本気で神様は無自覚なのか。

 もしくは少しくらい変化に気が付いているのか。

 きっちり問い詰めてやろうと、私は勢い込んで椅子から立ち上がった。


 そのまま、神様に向けて一歩足を踏み出すが――。


 力み過ぎたせいか、それともここ数日の疲労が祟ったのか――踏み込んだ足が、上手く地面に着地しない。


 ――あっ。


 と思った時にはもう遅い。

 つるりと足はすべり、前のめりな体は神様に向けて大きく傾く。


 浮遊感に、心臓がきゅっと縮み上がる。

 痛みを覚悟し、反射的に強く目を閉じた――次の瞬間。


「――エレノアさん!」


 慌てた声が間近に響く。

 覚悟していた痛みはない。


 代わりに感じるのは、私を抱き留める誰かの体だ。

 女性とは違う、大きくて少し骨ばった体が、倒れかけた私を支えている。


「転ばなくてよかった。慌てすぎましたね」


 ほっとした声に目を開けたときには、しかしその感触も消えていた。

 目の前にあるのは、長く伸びた黒いパン生地――もとい神様である。

 現在の私が感じるのは、もちっとしてぷにっとした感触でしかない。


 ――でも。


「少し落ち着きましょう。大丈夫ですか?」


 大丈夫ではない。

 落ち着けるはずがない。


 私は神様に支えられたまま、瞬きをする以外になにもできなかった。


 やっぱりおかしいとか、あの一瞬の感触はなんだったのかとか、言いたいことは山ほどある。

 だけどそんなことも、今は頭から飛んでいた。


 ――だって、これって。


 包み込むようなもちもちの感触に、私の呼吸も止まる。


 これってもしかして――私、神様に抱きしめられているのでは……!?

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