4話
砂糖を無事に手に入れて、椅子に座り直したあと。
私はどうにも釈然としないまま、神様の淹れた紅茶を手に取った。
まだ温かい紅茶に、せっかく取ってくれたのだからと砂糖を一杯。
軽くかき混ぜてから口をつけ――。
「……美味しい」
一口飲んだ瞬間、抱えていたもやもやも忘れ、私は思わずそう呟いた。
なにか、すごく特徴的な味というわけではない。
忘れられないほどの美味しさ、とも違う。
疲れた体に染みわたる、優しくて暖かいお茶の味に、知らず口からため息が出る。
ほう……と息を吐く私を見て、隣でお茶菓子を運んでいた神様も、嬉しそうにゆるんと体を震わせた。
「お口に合ったならよかった。誰かに飲んでいただくのは初めてで不安でしたが、こっそり一人で練習していた甲斐がありました」
「練習……ですか?」
体から力が抜け、背もたれに体を預けつつも、私は横目で神様を見やった。
神様は頭の上にお茶請けのビスケットを載せつつ、どことなくはにかんだ様子で「ええ」とうなずいた。
「実は、ここ最近はずっと。エレノアさんを驚かせようと思っていたんです」
「私を……」
瞬く私を、神様は下から見上げてくる――かのように体をねじる。
顔のない黒い表面に、まるく私の姿が映っている。
神様はただ、ゆっくりと体を波打たせているだけだ。
表情なんてわからないはずなのに――なぜだか、彼が微笑んでいるような気がしてしまう。
「びっくりしましたか? エレノアさんに喜んでいただけたなら、私も嬉しいです」
手に持ったカップを、私は無意識にぎゅっと握りしめた。
もともと熱い紅茶だけど、今はますます熱く感じてしまう。
――私のために。
練習、してくれていたんだ。
そう思うと、そわそわと落ち着かない。
気恥ずかしさに慌てて神様から目をそらすと、私は誤魔化すように紅茶の端に口を付けた。
再び口にした紅茶はやはり美味しくて――どれほど練習してくれたのかと考えてしまう。
――ぜんぜん気が付かなかったわ。
毎日神様の部屋を訪ねていたけれど、練習していたという彼の痕跡を見つけたことはない。
部屋に茶葉が落ちていることもなければ、茶器が移動した形跡もなかった。
なのに、一人でずっと……練習して…………。
「…………」
紅茶を飲み込み、一瞬の間。
一度目を閉じ、大きく息を吸い――。
「いや! おかしいでしょ!!??」
紅茶をテーブルに置き、私はついに声を上げた。
神様が練習していたなんて、照れくさいけどなんだか嬉しい――なんてほっこり流しかけたけど、いや待て。
ちょっと待て。
「一人で!? 練習!? ずっと!?」
先ほどまでの穏やかな空気が一変。
ぐるんと振り返る私の形相に、神様がぎょっとしたように身を強張らせる。
だけど絶対に、私の方が驚いている。
だってずっと練習していたって、それってつまり、一度や二度の犯行ではないということだ。
しかも茶器を取り出すのみならず、しっかり片付けまでしていたと。
それも一人でとなれば、ルフレ様やアドラシオン様の協力があったという可能性もないわけである。
「神様!!」
私の剣幕に怯え、身を引こうとする神様を、私はむんずと両脇から押さえつけた。
いつもより少し硬い神様の体を掴むと、そのままずずいと顔を寄せる。
「な、なんでしょうか、エレノアさん……?」
「なんだもなにも!」
戸惑う神様の言葉を、私は力強く切り捨てる。
今日という今日こそは、さすがにもう黙ってはいられない。
たしかに、前々からたまに「あれ?」と思うことはあった。
だけど、ロザリーの一件以降、「あれ?」で済むレベルを明らかに超えていた。
ふと、背後に人の気配がするのはしょっちゅう。
二人しかいないはずなのに、聞こえてくる足音。
いつもよりも高い位置から聞こえる神様の声。
それに――今神様が頭に載せているビスケットだって、神様の手の届かないところに置いてあったはずなのに!
神様の態度は依然と変わらないし、決定的な瞬間を見たわけではない。
だから、何度も勘違いや考えすぎではないかと思ったけど――。
「神様、もしかして最近、姿が変わったりしていませんか!?」
これは絶対に、勘違いではない!
私はやわらかな神様の体を掴んだまま、ここしばらくずっと感じていた疑問を突きつけた。
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