千年の恋と愚か者ども おまけ
……ところで、そもそもどうしてリディアーヌは前世の記憶を失くしているのだろう?
「私の憶測ですが……おそらく、アドラシオンがそれを望んだからではないかと……」
………………は?
「そもそも『神話の少女』が前世の記憶を持っているのも、アドラシオンの持つ神の力――その残滓の影響でしょう。だからアドラシオンの転生に合わせて生まれ変わるし、普通なら忘れるはずの記憶も持っているのでしょうね」
なんやかやあって戻って来た神殿の貴賓室。
向かいのソファに腰かけた神様が、『は?』の顔のまま強張る私にそう語る。
少女の転生は、現在はユリウス殿下であるアドラシオン様のせい。
アドラシオン様の神の力に巻き込まれ、前世の記憶も持ち続ける。
そして――。
「同じように、忘れるものまたアドラシオンによるもののはずです。あの男が自覚的にせよ、無自覚にせよ、『忘れてほしい』と望むのであれば影響は免れません。転生自体が、あの男の影響下にありますからね」
とのことだ。
神様の言葉に、まずは大きく深呼吸。突沸しそうな感情に、ちゃんと一度待ったをかける。
わかっている。アドラシオン様はリディアーヌを本当に大切に想っている。傷つけるつもりもないし、むしろ幸せにしたいと願っていらっしゃる。
それは、彼の様子を見ていればよーくわかる。
しかし同時に、頭をよぎるこれまでの日々。記憶がないと思い悩むリディアーヌ。それでも気丈に耐える姿。つい先ほど聞いたばかりの、他の誰かと結婚しても『仕方ない』という言葉。
――――うん。
深呼吸深呼吸。大きく息を吸って、吐いて、もう一度息を吸い――――。
吸い込んだ息を、私はそのまま怒りにして吐き出した。
「――――全部アドラシオン様のせいじゃない!! あの、朴念仁!!!!!」
〇
荒ぶる怒りを吐き出したあとで、エレノアはこちらへ視線を向けてきた。
彼女の瞳に浮かぶのは、なんとも言えない不信感だ。じとりと疑わしげな目が、向かい座る彼を刺す。
心当たりはないけれど、なぜだか体が強張った。
ぎくりとする彼へ、エレノアは見透かしたような声で言う。
「…………神様、もしかして『気持ちはわかる』とか思っていません?」
「………………」
「どちらかというと、アドラシオン様の方に共感していらっしゃいません?」
「…………………………」
「同じ状況だったら、自分も同じことをするとか思っていらっしゃいません?」
「……………………………………」
見透かした『ような』ではない。見透かされている。
エレノアは案外、人の心の機微に敏い。事実として、彼はアドラシオンの考えの方に同情的だった。
神の愛は、基本的には大きく広い。特定の個へ向けられることはなく、その全体を慈しむ。
そのぶん、個へと向けられた愛はひどく重い。本来なら大多数で受け止めるべき重みを、一身に受けることになるからだ。
守りたい。幸せにしたい。幸せでいてほしい。
そのためであれば、兄弟を敵に回すことも厭わない。父たる神を手にかけることさえためらわない。
己の存在が相手の幸福のためには邪魔になるというのであれば、身を引こうという気持ちも、彼には理解できる。
ただし――――。
「私は、忘れさせませんよ」
疑り深いエレノアに向け、彼は首を横に振る。
どちらかと言えば、アドラシオンの気持ちに共感し、同情する。だけどそれまでだ。
彼とアドラシオンは似たもの兄弟ではあるが、同じではない。
「忘れたいとも思わせません」
言いながら、彼は立ち上がっていた。
そのまま歩み寄るのは、不審な目をしたエレノアのもとだ。近づいてくる彼を見上げて、エレノアが戸惑ったように瞬きをする。
「…………神様?」
「エレノアさん」
そのすぐ横に、腰掛ける。困惑する彼女へ手を伸ばす。
身を強張らせても、もう遅い。伸ばした手はすでに、逃げようとする彼女の手を掴んでいる。
「あ、あの…………?」
顔に浮かぶのは露わな動揺だ。息を呑み、目を見開き、かける言葉もわからないように瞬いている。
普段は見せることのない珍しい彼女の表情に、彼は無意識に――ではない。
意識的に、彼は少し意地悪く目を細めていた。
握りしめた彼女の手に、指を絡める。
「言ったでしょう? ――私は、アドラシオンほど優しくはないんです」
(終わり)
――――――――――――――――――――――――
これにて番外編含めて完結です。
ここまでエレノアたちにお付き合いくださりありがとうございました!
たくさんのコメント、レビュー、星や応援などをいただけて、本当に励みになりました。またどこか別作品でもお会いできますと幸いです!
あと、たぶんまた番外編が増えることがあると思うので、その際はよろしくお願いします~!
なお、書籍全4巻、コミックス1~2巻発売中です!
ぜひぜひお手に取ってください!!!!
聖女様に醜い神様との結婚を押し付けられました 赤村咲 @hatarakiari
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