3話

 そういうわけで、勝負の日である。

 今日は私の命運が決する、大事な日なのである。


「……ああ、いい天気ですね、エレノアさん。風が心地よくて、散歩日和です」


 大事な日なのである。


「思えば、並んで外を歩くのははじめてですね。私も出不精ですし、前はエレノアさんに並べる姿ではありませんでしたから……。でも、たまにはいいものですね」


 吹き抜ける夏風に目を細め、神様は私の顔を覗き込んだ。

 さらりと流れる金の髪は、空の太陽よりもなお眩しい。

 端正な顔はとろけるようで、浮かぶ笑みには隠す気のない喜びが滲んでいる。


「こうして一緒に歩くことができて嬉しいです。エレノアさんと一緒だと、なんでこんなに楽しいんでしょうね」


 弾んだ声で口にするのは、表情よりもなお飾らない言葉だ。

 真正面から神様の笑みと言葉を受け、私は「ぐぬ」と喉の奥でうめく。


 穏やかなようでいて、神様の瞳には熱がある。

 人間を超越した神々らしからぬ、こちらを溶かすような熱の色に、私は目を奪われ――――。


 ――いや、いやいやいやいや!!


 ……るわけにはいかなかった。

 危うく見惚れそうな自分を叱咤して、私はぱちんと頬を叩く。


 現在の私たちは、のんびり散歩をしているわけではないのだ。

 たしかに、久しぶりに牢の外には出た。身ぎれいにして、並んで青空の下を歩いているのも事実だ――けど。


 ――今の私たち、連行されているところよ!? これから! 裁判!!!!


 周囲を監視の兵に囲まれていては台無しである。

 神様の言葉や態度に、ドキッとしている心の余裕はないのである。


「エレノアさん?」

「ひょわお!?」


 ドキッとした。

 変な声が出た。

 ぐんと近づく神様の顔に驚いて、足元までおろそかになった。


 ――あ。


 と思ったときにはもう遅い。

 動揺しすぎて思わず引いた足が、地面を掴み損ねる。

 体がぐらりと大きく揺れ、背後に傾く感覚に、さあっと全身から血の気が引いていく。


 転ぶ――――。




「…………本当に、危なっかしい方です」


 だけど、体が地面に落ちるより先に、強い力が私を支える。

 背後から私の腰を抱き留め、ほっと息を吐く神様の気配がした。


「相変わらず、目が離せませんね、エレノアさんは。大丈夫でしたか?」


 耳元に、苦笑交じりの声がする。

 耳をくすぐるやわらかな響きに、もはや「ぐぬ」のうめき声さえ出てこない。

 呼吸さえ止まりかねない距離感に、私はお礼を言うことさえも忘れ、凍り付いたまま神様に振り返った。


「……………………か、神様」

「はい?」


 と小首を傾げる神様の目にも、なんとも言えない熱っぽさが見え隠れする。

 距離を取ろうと一歩足を引けば、神様は素直に離してくれるけれど――どこか惜しむような手つきに、私はぐっと喉の奥でうなる。


「神様……なんか……なんか…………」

「なんか?」

「なんか――――甘くないですか!? 今日だけじゃなくて、ここ最近、ずっと!!」


 最近――というよりも、どう考えてもアマルダの元を出て、私のいる牢を訪ねてきた日。

 あの日以来、神様の態度は明らかに変化していた。


 ――優しいのも、気遣ってくれるのもいつも通りではあるんだけど……!


 それまであった、ためらいのようなものが消えているというか、影がなくなったというか。


 ――どう考えても距離が近いわ! さりげなく手を取ったり、顔を近づけたり!


 気を引き締めようと思っても、神様の近すぎる距離感があっては、締まるものも締まらない。

 いかにも『吹っ切れた』という様子の神様に、私は振り回されっぱなしだった。

 このままでは、とてもではないが心臓が持ちそうにない。


 と、言うのに――。


「……甘い、ですか?」


 当の神様はこの通り。

 きょとんと瞬く神様に、私は大きく息を吸い込んだ。


「無自覚!!!!」


 これだから天然は!!!!

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