4話 ※神様視点

 吹っ切れているかと言われれば、たしかにその通り。

 以前までと比べて、彼の心中は穏やかだった。


 相変わらず、人間の悪意や穢れへの嫌悪感は消えていない。

 神とは異なる感情は奇妙で、身の内に抱えた穢れは異物のように不快なものだ。

 それでも、認めてしまえばストンと落ちるように受け止められる。


 穢れとは人の本質。神のようにはいられない人間たちの、切り捨てられない愛情の表裏。

 人間の価値をかたどる、人間の心そのものだ。


 長い迷いは晴れていた。

 彼の中にある不可解な感情もまた、穢れによって与えられた人の想い。

 誰かと誰かを選り分け、片方だけを選び取る感情の不平等さも、目の前の少女だけを大切に想う自分自身も、今の彼は受け入れている。


 受け入れてしまえば、自然と行動に滲むもの。

 彼にとっては、ただ大切にしたい相手を、大切に扱っているだけだった。


 もっとも――。


 ――甘い。…………甘い? 


 それを当人が自覚しているかどうかは、別の話である。


 ――普通に接しているつもりだったのに……。


 ちらりと窺い見るエレノアは、固く口を結んで目を合わせようとしてくれない。

 見るからに動揺し、落ち着かない様子で視線をさまよわせるエレノアを眺めつつ、彼はしゅんと肩を落とした。


「すみません、そんなつもりはなかったのですが……嫌な思いをさせてしまいましたか?」

「そ、そういうふうに言われますと……」


 落ち込む彼から顔を逸らし、エレノアがごにょりと言葉を漏らす。

 そのまま、続く言葉はなかなか出てこない。

 いかにも言いにくそうに口ごもり、ためらい――しかし結局、彼女は観念したように息を吐いた。


「嫌なわけでは……ではないですけど……」

「良かった」


 ほっと安堵すると同時に、本心が口からこぼれ出る。

 彼自身でも意識しないまま、顔は笑みを形作っていた。


 ――触れたい。


 ごく自然に、頭に浮かぶのはささやかな願いだ。


 彼女の肩を引いて、こちらに振り向かせたい。

 嫌ではない――と、どんな顔で言ってくれたのかを確かめたい。


 そう思ったときには、彼の手はエレノアを掴んでいた。

 驚き、振り返る彼女の表情に――彼は、今度こそ自分が微笑んでいるのを自覚する。


「か、神様……!」


 気難しそうに顔をしかめ、目を合わせないようにしたところで、頬の色は隠しようがない。

 照れたように染まる色が、彼は嬉しくて仕方がなかった――が。


「で、ですから! そういうところが――」

「――――うるさい!」


 現在は、状況が状況である。


 割り込んでくる声に、せっかく緩んでいたエレノアの表情が強張った。

 声の主は、エレノアを囲う兵の一人。

 先頭を歩いていた神殿兵の青年が、憎々しげにこちらを睨んでいた。


「こんな状況で浮かれやがって! どんな神経をしているんだ!!」


 もっともである。

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