14話

「どどどどどどういうことですか!!!」


 反射的にルフレ様の手を振りほどき、私は大きくのけぞった。

「ひょえええ!!」と令嬢として出してはいけないところから悲鳴が出る。

 だけどそんなことを気にしている余裕はない。

 慌てて身を起こすと、カサカサと虫みたいな動きでベッドの端に移動する。


 ――近すぎる! 近すぎる!! なに今の!!!!


 頭の中がぐるぐるし、頬が熱を持っている。

 話の内容も相まって、変に意識させられてしまう。


 ――こ、こっちは未婚なのよ! 婚約者がいるのよ!? 年下の空気に呑まれてどうするの――!!!


 実際には、相手は年下ではない。

 もう数百、数千と生きてきた神だ。

 そんな分かりきった事実さえ、今の頭では考えられない。


「ね、寝るって、寝るって……!!」


 ――互いの肌を合わせるって!!


 こっちも、言われてわからない年ではない。

 つまりは共寝。つまりは同衾。つまりは夫婦の営みである。


 ――た、たしかに聖女は神様の伴侶だけど!!


「む、無理無理! 無理です! だって私、婚約者がいるんですよ!!??」


 壁に張り付いたまま、私はブンブンと首を横に振った。

 神様の、あの穢れに覆われた体で、いったいどうやって夫婦の営みを……? という疑問もあるけれど、今は横に置いておく。

 もっともっと根本的な部分で、私は神様の力にはなれそうにないのだ。


「結婚の話も決まっているんです! 三か月後、私の十八歳の誕生日! ドレスの採寸だって、もう済んでいるんですよ!?」

「はあ? 結婚?」


 ルフレ様は壁際の私を見やり、はん、と馬鹿にしたような息を吐く。


「やめとけやめとけ! その性格で結婚とか上手くいくわけねーよ! 絶対に男に浮気されるね!」

「はー!? なに言ってんのよ! そんなわけないでしょう!!」


 あっ敬語忘れた。

 でももういいや!

 今更だし! いい加減、腹も立ったし!!


「絶対、羨ましがられるような理想の夫婦になるんだから! 最高の結婚式をして、最高の結婚生活を送るのよ! そのためにいろいろ準備してきたんだもの!!」


 ぐっと拳を握り合わせると、私は無意識に天井を仰ぐ。

 最高の結婚式のために、今までどれほどの時間をかけてきたことか。


「王都で一番の針子にドレスを頼んで、ちょっと無理して指輪のための宝石を買い付けて、加工だって有名な職人に依頼したのよ!」


 ドレスは今月末に仮縫いができるという話。

 一度試着をしてみてから、細かい部分の調整をするという話だけれど、仮でも袖を通せるのが楽しみで仕方がない。

 指輪はデザインまでお任せで、出来上がる日のお楽しみだ。

 ヴェールは姉が結婚した時のものを譲り受け、靴はこれから新調する。


「だって結婚式だもの。一生に一度の大切な日で、この先の結婚生活の始まりだわ! できるかぎりのことはしなくっちゃ!」


 式に呼ぶのは、家族と親しい友人だけ。

 もう呼びたい相手には予定も確認して、これから招待状を書くところだった。


 季節は三か月後、夏の少し早い時期。

 瑞々しい花々の咲く、晴天の多いころ。


 真っ白なドレスを着る自分を想像すれば、それだけで期待に胸が高まってしまう。

 その日だけは、結婚式だけは、私が主人公なのだ。

 世界で一番可愛い存在になれるのだ。


 いずれ来るその未来を想像すれば――。


「ぷっ! お前、結婚に憧れてんのかよ! その性格で!!」


 こんな失礼神の言葉など、なんということもないのである。


「似合わねー! 本気かよ!!」


 なんということも、ないので――。


「めちゃめちゃウケる! あっははは!!」

「出ていけ――――!!!」


 なくなかった。


 爆笑する神様を、私は今度の今度こそ、部屋の外に蹴りだした。

 彼の聖女が外を徘徊していることなんて、私の知ったことではない。


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