15話 ※婚約者からの手紙

エレノア・クラディール嬢へ



 面倒な挨拶は抜きだ、ノア。

 今回手紙を出した理由は、君にもすでに理解できているだろう。

 二か月後に迫った僕たちの結婚と、君が無能神の聖女になってしまった件について、改めて話しをする必要がある。


 君は、『幼馴染のアマルダ嬢によって、無能神の聖女の代役を無理矢理やらされている』と僕に手紙を書いて送ったな?

 だから、僕からも神殿に、『聖女を辞められるよう働きかけて欲しい』と。


 ……他ならぬ婚約者からの手紙だ。

 僕も素直に信用した。気の毒に思ったし、神殿に呼びかけるつもりでいた。


 それに、三か月後には僕たちの結婚式もある。

 準備もすっかり進み、招待状も出した以上、この結婚を取りやめることはできない。

 不可抗力で聖女になった君が辞めることは、神殿も了承してくれるだろう。


 そう思っていたさ。

 僕は、君にすっかり騙されていた。


 先日、君の言っていた聖女アマルダ・リージュ嬢が僕の屋敷を訪ねて来た。

 そこで、すべてを教えてくれたよ。


 聖女になったのは、君の望みだったそうだな。

 ずっと聖女の夢を諦められずにいた君の心情を、アマルダ嬢は汲んでくれただけだった。

 アマルダ嬢自身は無能神の聖女さえ務めるつもりでいたのに、君から頼み込み、譲ってもらったのだ――と。


 あんな無能神に取り入ってまで、君は聖女になりたかったんだな。

 あの醜い神を夫としてでも、聖女になることを選んだんだな。

 挙句、あまりの醜さに耐え兼ねて、僕に救いを求める手紙を出したってことだろう?

 本物の聖女、アマルダ・リージュ嬢を悪役にしてまでも。


 君には失望したよ。

 嘘を吐き、親友であるアマルダ嬢さえも悪しざまに書き、僕を騙そうとするような人間だったんだな。

 そもそも、親友のアマルダ嬢を僕に紹介しなかった時点で、君が信用ならない相手なのだとよくわかった。


 アマルダ嬢は泣きながら、君のために謝罪をしてくれたよ。

 君がここまでひどい人間だと知っても、『君に聖女を任せた自分が悪かった』と自分を責めていた。

 こんな心優しい、君を思いやってくれる親友を、君はよくも裏切れたものだ。


 アマルダ嬢は君と、なにもかも違う。

 美しく、心清く、他人を思いやれる素晴らしい女性だ。

 彼女を見ていると、君が聖女になれなかった理由がよく分かるよ。

 君を選ばなかったということは、無能神でさえ君の内心を見抜いていたということなんだな。


 親同士の決めた婚約とは言え、君の性根を見抜けなかった僕は、自分が情けない。

 こんな女性を妻にするつもりだったと思うとゾッとする。

 真実を告げてくれたアマルダ嬢には、感謝しなければならない。


 ……ああ、はっきりと言おう。

 僕は親友を裏切り、婚約者に嘘を吐き、あの汚らわしい無能神に望んで仕えるような女性とは、とても結婚する気になれない。


 この結婚の話は白紙にさせてもらう。

 婚約はなかったことにする。

 僕たちのことを知る人々には、婚約破棄の理由をすべて正直に伝えるつもりだ。

 君のしたことも、君が僕との結婚よりも、無能神を夫とすることを選んだことも。


 聖女が神の妻であることを、君が知らないとは当然言わせない。

 君が望んで聖女になった以上、この婚約を先に裏切ったのは君だ。


 慰謝料については後日、直接会って話をさせてもらう。

 だが、君の父上とはすでに話をして、婚約の破棄について了承をもらっている。

 これだけは覆らないことを理解しておいてくれ。


 今後、君から手紙をもらっても、返事を書くつもりはない。

 君が選んだ無能神と、この先も仲良くやってくれ。



 エリック・セルヴァン

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