16話 ※聖女視点

「えー! アマルダ様、あの無能神の聖女のために、わざわざ彼女の婚約者に会いに行ったんですか!!」

「お優しー! だってあの子、アマルダ様の言っていた公爵夫人の妹なんでしょう!?」

「公爵夫人って、親友のアマルダ様をいきなり無視して、いじめた人ですよね? そんな人の妹のために、普通そこまでできます!?」


 神殿の食堂。

 その中でも、上位の神々の聖女だけが入れるカフェテリアで、アマルダ・リージュは首を横に振った。

 お茶を飲む手も止め、困った顔で周囲を取り囲む聖女たちの顔を見やる。


「たいしたことをしたわけじゃないのよ。ただ、私も関係したことだから、ちゃんと説明しておかなきゃって思っただけで……」

「それがすごいんですよ! 最高神の聖女ってだけでも忙しいのに、時間を縫って他人のために動くなんて!」

「他人って言っても、親友よ。それにクラディール伯爵にもお世話になっているもの。これくらい」


 当然のことよ、と言えば、周囲からわっと称賛の声が上がる。

 それをくすぐったさと共に聞きながら、アマルダは先日――エレノアの婚約者に会ったときのことを思い出していた。


 エレノアの婚約者、エリック・セルヴァン伯爵令息。

 華やかではないが整った顔立ちの青年は、突然に訪ねたアマルダを、伯爵領の屋敷で丁寧にもてなしてくれた。

 特に、エレノアの親友だとわかるとなおさらだ。

 最高神の聖女として接していた彼が、親しげに話すようになってくれたことを思い出し、アマルダは少しだけ嬉しくなる。


 ――親切な人だったわ。私に紹介してくれないなんて、ひどいわ、ノアちゃん。


 婚約者がいるとは聞いていたが、これまでアマルダは、エレノアから相手を紹介されたことはなかった。

 それどころか、『聖女を押し付けられた』なんてエリックに言っていたらしく、最初は少し誤解されてしまったものだ。


 ――でも、きちんと説明したらわかってくださったわ。


 エレノアが自分から願い出た――という部分だけは偽ってしまったが、こればかりは神殿からの厳命なので仕方がない。

 アマルダだって、嘘を吐きたかったわけではないのだ。

 それに、それ以外は正直に話している。

 エレノアがどうしても聖女になりたがっていたことも、無能神の聖女で納得してくれたことも、アマルダの代理を快く引き受けたことも。

 嘘を吐いた分だけ、誠意をもって伝えたつもりだ。


『事情はよく分かりました。ありがとうございます、聖女アマルダ様』


 屋敷の去り際。そう告げた彼に、アマルダは首を横に振った。


『聖女として接してくださらないでください、エリック様。私はただ、ノアちゃんの親友として会いに来たんですから。私もノアちゃんと同じように――普通の女の子のように扱ってほしいわ』


『……いえ、あなたをエレノア――ノアと同じようには扱えませんよ。あいつとは全然違う。あんなに図太くもないし、口やかましくもないし……そもそも僕は、ノアを女の子扱いしたことなんてないですから』


『まあ! ノアちゃんには聞かせられないわ。このことは、私とエリック様の秘密にしておきますね』


『…………ああ』


 別れの際に見せたエリックの笑顔を、アマルダは頭の中で思い浮かべる。

 あのふわりとした笑みは、きっと打ち解けてくれたからだろう。


 ――神殿に戻ってからも手紙を送ってくださって。本当に、まじめでいい人だわ。


 あとで返事を書かなきゃ――と思いながら、アマルダは紅茶のカップに手を伸ばす。

 かぐわしい紅茶は、神の聖女に相応しいようにと、最上級の茶葉から淹れられたものだ。


「――こんなお優しいアマルダ様を嫌うなんて、公爵夫人ってほんと、どんなひねくれた性格しているのかしらね」


 カップに口を付けるアマルダの横で、他の聖女の一人が言った。

 アマルダを真ん中に挟み、高価な白砂糖をふんだんに使った茶菓子を適当につまみながら、聖女たちは夢中で話し合っている。


「お優しいからこそ、じゃないかしら? 本人の性格が悪いから、心のきれいなアマルダ様が疎ましかったのよ」

「そうそう。だって自分の醜さが見えちゃうものね。周りの人たちだって、公爵夫人の意地悪さに気づいちゃうだろうし――」

「あ! それよ! アマルダ様がいらっしゃったら、公爵様は夫人よりもアマルダ様を選ぶでしょう? それで夫人は、アマルダ様を恐れたんじゃないかしら!」

「いえいえ、もしかして公爵様、すでにアマルダ様に惹かれていらっしゃったのかも!? だって会ったこと、あるんですよね!?」


 聖女たちの視線が、一斉にアマルダに集まる。

 なにかを期待するような彼女たちの目に、アマルダは思わず、両手で口元を押さえた。


「まさか! お会いしたことはあるけれど、あの場では公爵夫人――マリオンちゃんも一緒だったし」


 そう言ってから、アマルダは「でも」とつぶやく。

 言われてみると、たしかに――。


「……公爵様は、私にとても気を使ってくださったわ。マリオンちゃんが傍にいても、私にばかり話しかけてくださって、いつも笑顔で楽しそうにしていらして……」


「それ! 絶対に好きになってますよ!」

「アマルダ様、本当なら公爵夫人だったかもしれないですよ!」

「なのに夫人が無理矢理アマルダ様を引き離して……。うわあ……公爵様もおかわいそうに」


 口々に騒ぎ出す聖女たちを、アマルダは止めることもなく眺めていた。

 なにもしていないのに嫌われたと思っていたけれど――。


 ――そうだったのね、公爵様。本当は、私のことを……。


 困るわ、と誰にも知らず、彼女は口の中でつぶやく。


 ――そんなつもり、なかったのに。




 両手で隠れた口元にどんな表情を浮かべているかは、アマルダ自身も知らない。

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