17話

 ――ふ。


 婚約者のエリックから手紙が届いたのは、今朝早く。

 朝一番に最悪の手紙を見た私は――――。


 ――――ふ、ふふふふふふ。



「ふざけるなぁあああああ!!!!」



 全力で掃除をしていた。


 神様の穢れに直接触れないよう、モップで荒々しく床を擦り、壁も力任せにガシガシ拭き、今まで「重くて運べなーい!」とか思っていた朽ちた家具も、全部ゴミ捨て場に担いで捨てて来た。


「冗談じゃないわよ! どうりで、ぜんぜん話が進まないと思っていたわよ! そりゃあね! やる気がなければそうでしょうね!!」


 不本意にも神殿暮らしを始めてから、すでに十日以上。

 最低位の神の聖女としての私の生活は、まったくぜんぜん、なに一つ変わっていなかった。


 粗末な食事に粗末な扱い。

 他の聖女たちからは笑われ、嫌がらせされ、神官たちに訴えたところで聞く耳を持たない。

 ついでに、実家に頼んだ支援物資も来なかった。


 その言い訳の手紙も、エリックの手紙と共に入っていた。


「――なーにが! 『こっちはこっちで忙しかった』よ! お父様もお父様だわ!」


 久しぶりに見た父の文字に、余計頭に血がのぼる。

 出すものを出し、スッキリとした神様の部屋の中。

 私はドレスの裾をぎゅっと結び、暖炉の中まで煤払いをしていた。


「きったな!! 百年くらい掃除してないでしょう、ここ!!」


 服も肌も黒く染めながら、私は荒々しく掃除をする。

 家主である神様が怯えたように壁に張り付いているが、一向に気にしてはいられなかった。


「ああもう、腹立つ! 忙しいとか言って置いて、お父様、『私の力では、穏便に収めるだけで精いっぱいだった』ってどういうこと! それってなんもしてないってことじゃない!!」


 気弱な父の字で書かれた手紙には、エリックからの婚約破棄を承認したことが告げられていた。


『あまりの剣幕に取り付く島もなく、こちらにも非があったために強く言うこともできなかった。今は平謝りし、どうにか慰謝料を減らしてもらうように頼んでいるところだ。力ない父ですまない……』


 などと殊勝な言葉で書かれていたが、『こちらにも非』ってどういうことだ。

 私が聖女にさせられたのは、ぜんぶアマルダのせいだろうに。


 ――どうして慰謝料を支払う前提で、『減らしてもらうように頼んでいる』のよ!! 完全に非を認めてるじゃないの!!!!


 父が気弱なことは知っていた。

 強く押されると、まったく断れない性格だ。

 エリックのあの手紙の様子から、かなりきつめに詰め寄られただろうとは想像もつく。


 ――だけど、娘の人生のことよ!!? お父様が守らなくてどうするの!!!!


 だいたいエリックも、一度会ったアマルダにコロッと騙されすぎだ。

 婚約者としてコツコツ関係を築いてきた私が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 いや、それを言うならもともとはやはりアマルダで――――。


「うがぁああああああああ!!」


 内心の苛立ちが、もはや声にすらならず口からあふれる。

 暖炉の煤に塗れたまま、私は汚れたぞうきんをバケツで洗い、アヒルの首でも絞めるような勢いでギュッと絞った。


「あとで覚えてなさいよ!! もうお父様にもエリックにも絶対に頼らないんだわ!! ――あ、神様! そこどいてください!! 今日はもう、全部掃除してやるんだから!!」


「は、はい。……ええと、エレノアさん?」


「なんですか!!」


 そろそろと場所を移動する神様に、私は噛みつくような返事をした。

 完全に八つ当たりである。神様が驚いたように身を震わせた。


 それでもどことなく気遣わしげなのは、神様の性格だろう。

 不機嫌な恐れるよりも、むしろ心配した様子で、彼は私にこう尋ねた。


「……エレノアさん、今日はどうされました?」


 が――。


「なにか、困ったことでもあったのですか?」

「ありましたとも!!!!」


 うかつに気の立っている相手に声をかけてはいけない。

 私はぐるんと声に振り向くと、神様も引くほどの勢いで喰いついた。


「ええ! ええ! よくぞ聞いてくれました!」


 声をかけたが運の尽き。

 こうなったらもう、私の愚痴は止まらない。


 悪いけど、神様には今日一日、愚痴につきあっていただきます!!

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