37話
「あ、アドラシオン様……!? どうしてここに……い、いえ、今はお仕事中のはずでは――」
「リディ」
リディアーヌの疑問には答えず、アドラシオン様は部屋の中に足を踏み入れる。
私やルフレ様はもちろん、いつもなら礼を尽くしているはずの神様にさえも、今の彼は見向きもしなかった。
アドラシオン様の視線は、ただリディアーヌだけに向けられている。
「穢れが出たというのは本当か? お前もその場にいたと聞いたが、いったいなにがあった。まさか巻き込まれてはいないだろうな……!」
リディアーヌの前で足を止めると、アドラシオン様は彼女の肩を掴んだ。
傍から見れば、彼の焦りは明らかだ。
いつもは冷徹で、感情の一切見えない美貌が歪み、真っ直ぐにリディアーヌの顔を見つめている。
だが、リディアーヌは肩を強張らせた。
青ざめた顔で一度目を見開き、逃げるように視線をさまよわせ――それから、観念したとでも言うように、彼女は短く息を吐く。
「……申し訳ありません、アドラシオン様。お留守の間にこんな問題を起こしてしまって」
言いながら、彼女は両手を握り合わせた。
叱責を恐れるように、指の先が震えている。
続く声もまた、どこか怯えを含んだものだった。
「こうなってしまったのも、すべてはわたくしの力不足です。ロザリーの様子に気が付かず、彼女を――」
「そんなことはいい」
アドラシオン様の短い声が、弁明めいたリディアーヌの言葉を遮る。
え、と瞬くリディアーヌから目を逸らさず、彼は険しい顔のまま、荒い息を吐いた。
「お前は無事だったのかと聞いているんだ」
「…………わ」
リディアーヌは聞いた言葉が信じられないように、ぽかんと呆けた。
「わたくしが…………?」
「怪我はないだろうな? 穢れに触れてはいないか? どこか、体に不調は――」
「い、いえ! わたくしに怪我はありません!」
畳みかけるようなアドラシオン様に、リディアーヌは慌てて首を振る。
それを見て、アドラシオン様はようやく――安心したように、かすかに目を細めた。
「そうか」
ほっと息を吐くような声だった。
リディアーヌの肩から、彼の手が離れる。
その手はそのまま、彼女の背中に伸ばされ――。
「よかった」
背中を抱き寄せると、アドラシオン様はリディアーヌの肩に頭を置き、聞いたこともないほど優しい声でそう言った。
ヒュウ、とルフレ様が場違いな口笛を吹く。
ひゃあ、と思わず声を上げたのは私だ。
見せつけられた気がして、ついつい神様の体を掴めば、彼も今ばかりは逃げずに触らせてくれる。
扉の外では、神官を連れて慌てて戻ってきた取り巻きたちが、思いがけない光景に口元を両手で覆っている。
そんな中、誰よりも驚いた様子のリディアーヌは、しばらく凍りついたようにかたまり、瞬きを繰り返し――。
それから、おずおずとアドラシオン様の背を抱き返した。
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