36話

 ――とにかく、まずは全員を叩き起こさないと!!


 と、神様と手分けして倒れた五人を揺さぶったのは、少し前のこと。

 起き抜けに神様を見て、取り巻き二人が悲鳴を上げ、ひと悶着あったことは置いておいて――。


 ひとまず、取り巻き二人とリディアーヌは無事に目を覚ました。

 ロザリーのことや、穢れに触れたことでかなり動揺していたが、体の方に不調はなさそうだ。

 ルフレ様の方は、さすがは神というべきだろうか。こちらが起こすよりも先に、いつのまにか自分で目を覚ましていた。

 彼の方もいつも通り。黒く染まっていた腕も、目が覚めた時には元の色に戻っていた。


 問題はロザリーだった。

 彼女はどうやっても目を覚まさず、ずっと穏やかな顔で眠り続けていた。

 とりあえず神官に事情を話し、医者に見せよう――ということで、取り巻きたちが神官を呼びに行ってくれたが、それまで外に放置しておくわけにもいかない。


 そういうわけで、リディアーヌとルフレ様に手伝ってもらい、ロザリーを神様の部屋に移動させた――そのあと。




「つまり――――」


 ロザリーの横たわる、神様の部屋の中。

 神官を待つ間、ルフレ様から聞いた話に、私はこれ以上ないほど顔をしかめた。


「ルフレ様は穢れを負いすぎて弱っていて、ロザリーから逃げていたのも彼女の魔力に勝てないからで、罰は下さないのではなく下せなかった――ってこと!?」


 さらに言うなら、人間に興味がないわけでもなく、この状況になっても気になってついつい神殿に様子を見にきてしまっていたらしい。

 ロザリーとは何度か話をしたことがあり、どうにか更生させようとしたけれど、かえって彼女は増長していく一方だった。

 逃げ回るしかなくなっていた――と。


「嘘ばっかりじゃない! あなた、それでよくあんな偉そうな態度が取れたわね!?」

「うるせえうるせえ! それが悪いかよ! いや、実際良くなかったな! 悪かったなちくしょう!!」

「なんでそこは素直なのよ! 別に悪いとは言ってないでしょう! いえ、態度は本当に悪かったけど!!」


 初対面で、思わず「なんだこいつ」と思ってしまうくらいに悪かったけど!


「そうならそうと言ってくれればよかったのよ! 人間なんてどうでもいい、なんて言っておいて、ぜんぜん見捨ててないじゃないの!」

「わざわざ自分の弱点なんて言うかよ、バーカ!」


 けっ、と吐き捨てると、ルフレ様は苛立ったように頭を掻いた。


「見捨てられるなら、とっくに見捨ててるつーの! 今も神殿に残ってる連中なんて、みんなバカばっかだよ! 穢れを溜めるだけ溜めて、結局なんにもできねえの!」

「そんな言い方するんじゃないわよ! 立派な方々じゃない!」

「いーや、ただの身の程知らずだね! この方の真似なんて、誰にもできるはずがないのに!」


 この方、と言いつつ、ルフレ様は言い争いを止めようとおろおろしていた神様を捕まえる。

 どこか恭しく、しかし容赦なく指先でつつけば、神様が例によって困ったように震えた。


「こんなお姿になってまで穢れを引き受けられる方がおかしいんだよ! 結局どいつもこいつも、悪神の一歩手前だ! くそ!!」

「ちょっと! 人の神様に勝手に触らないで!!」


 身を竦めるように縮まる神様を、私は反対側から引っ張る。

 ぐにっと伸びる神様を見て、悲鳴を上げたのはルフレ様だ。

 まるで私からかばうかのように、彼は神様を腕で抱きかかえる。


「お前の神様じゃねーよ! 乱暴に扱うな!」

「それ、あなたに言われたくないのだけど!!」


 神様を挟んで私はルフレ様と睨み合う。

 片側はルフレ様に抱えられ、片側は私に引っ張られ、神様は居心地悪そうに強張っていた。

 いつものもち肌も、今だけは少し固い気がする。

 そのまま顔を突き合わせ、さらに言い合おうとしたとき――。


「いい加減になさい! クレイル様が困っていらっしゃるでしょう!」


 部屋の中を見ていたリディアーヌが一喝した。

 彼女は私とルフレ様の間に割り込み、困っていた神様から引き離す。


「だいだい、喧嘩している場合じゃなくってよ! ロザリーのことや穢れのことを、これから神官たちにどう説明するか、考えていて!?」


 リディアーヌの言葉に、私はぐっとしょうもない言い争いの続きを呑み込んだ。

 あまりに正論すぎる。

 反論の余地もなく黙り込んだ私たちを見て、リディアーヌは険しい顔のまま息を吐いた。


「神殿に穢れが出たなんて大問題だわ。原因の話にもなるでしょうし、そのときにルフレ様のお話が出たら大変よ。本来の屋敷ではなく、アドラシオン様のお屋敷にいることまで知られれば、穢れ以上に問題になるかもしれないわ」


 ――たしかに。


 ルフレ様が本来の聖女の傍を避け、アドラシオン様――ひいてはアドラシオン様の聖女、リディアーヌと一緒に居ると知られたら、神殿は大騒ぎになるだろう。

 聖女は神々の伴侶なのだ。

 非常に下世話な言い方をすれば――これは、浮気と捉えられてもおかしくない。


「ルフレ様ご自身がお話しても、下手をすれば弱っていらっしゃることを悟られて、蔑ろにされてしまう可能性もあるわ。ソフィたちがどう説明しているかわからないけれど、あの子たちは詳しく事情を知らないはずだから――上手く、わたくしがおさめるしかないわ」

「リディが?」


 できるの?――なんて無粋なことは言わない。

 彼女の横顔には序列二位の聖女で、公爵令嬢らしい、強い責任感がある。


「元はと言えば、ロザリーのことはわたくしが原因だもの。あの子を、上手く諫めることができないまま、放っておいたから」


 その、責任感の強い瞳が後悔に陰る。

 決してうつむきはしないものの――彼女は私たちから表情を隠すように、ふいと顔を逸らした。

 逃げるような目が、見るともなしに部屋の扉を見つめる。


「結局こうなってしまって……わたくしは、役に立つどころか迷惑ばかりだわ」


 ふっと笑うような声は、自嘲しているかのようだ。

 苦々しさの入り混じる表情で、リディアーヌはさらに口を開き――。


「アドラシオン様が神殿をお留守にしているのは、幸いだったのかもしれないわね。今のうちに問題を収めて、これ以上ご迷惑をかけないよう……に…………」


 最後まで言い終えることなく、言葉が途切れた。


 驚き、目を見張る彼女の視線の先。

 開け放たれた扉の前に――今は神殿にいないはずのアドラシオン様が、息を切らせて立っている。

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