25話 ※聖女視点(ロザリー)
ロザリーは笑いが止まらなかった。
散々リディアーヌの悪評を吹き込んだおかげで、アマルダは彼女を悪と信じて疑わない。
最高神の聖女として、アマルダに心酔する神官や他の聖女たちも同様だ。
リディアーヌは神殿での立場を失い、完全に孤立していた。
――いいえ。もとから嫌われていたのよ。
節制しろだの、自重しろだのと、アマルダが来る前までのリディアーヌは鬱陶しいくらいにうるさかった。
行き過ぎた贅沢は必要ない。神々はそれを望まない――などと言っていたが、要するに神殿や聖女から権力を取り上げようと言う魂胆なのだろう。
リディアーヌは、神殿を敵視する王家に近しい人物。アドラシオンが彼女を選んだときには、『厄介なことになった』と神殿中がざわついたものだった。
――神々への奉仕は神殿の義務。神と、神の寵愛する聖女には、相応しい生活が必要なのよ。行き過ぎた贅沢? 神々にとっては、これでも足りないくらいだわ。
リディアーヌが来る前までは良かった。
神殿の一番はロザリーで、誰も節制しろとは言わなかった。
むしろ神々のご機嫌取りのためには、もっともっと金が必要だと誰もが口にしていた。
王家には予算を増やすよう要求し、人々からは寄付を募り、役立たずの下位の神々からは物資を取り上げ、それでもまだ足りない。
――ルフレ様は、今の神殿の状況には満足していらっしゃらない。他の神々が姿を見せないのもそう。国を守る神々を迎える場所が貧相でどうするの? どこよりも立派でないといけないのに。
この国のためにこそ、神殿は金を惜しんではいけないのだ。
神殿こそが、聖女こそが神々をつなぎ止め、国を生かしていることに、愚か者は気がつかない。
理想を口にするだけの、最高神の聖女も失格。
王家を優先し、神殿の価値を貶める第二神の聖女も失格。
真に敬われるべき聖女は、ロザリーをおいて他にない。
――この神殿には、一度も仕える神を見たことのない聖女も少なくないわ。特に高位の神々はそう。
神々は気まぐれで自由なもの。
必ずしも神殿にいるとは限らない――と、ロザリーは聖女になったときに聞いている。
事実、この神殿に暮らす神々は少ない。
高位の神に限れば、常駐しているのは最高神グランヴェリテかアドラシオンくらいなものだ。
あとは双神、光の神ルフレと闇の神ソワレがときおり姿を見せる程度。
他の高位の神々は、ロザリーが神殿に来てから、姿を見せたことさえない。
――会いにも来ない神に選ばれた聖女なんて論外だわ。だけど私は違う。ルフレ様は、遠くから様子を見守ってくれているのだもの。
きちんと神に気にかけてもらえている。
きちんと神に愛されている。
今でこそ、直接会おうとすると逃げられてしまうけれど、それは神殿の歓待が不十分だから。
『お前など選んだ記憶はない』と言われてしまったのは、ただ試されているだけだ。
そうでもなければ――自分に会いに来たのでもなければ、彼が神殿に訪れるわけがないのだから。
きっと、第三位だからと、グランヴェリテやアドラシオンよりも屋敷小さいのが悪い。
本当の聖女を持つ彼にこそ、最も素晴らしい待遇を用意するべきなのだ。
そうすれば――――。
――ルフレ様は私の前に現れて、これまでのぶんも愛してくださるのよ! 絶対に!!
そう信じていたのに。
無能神の聖女の言葉が気になり、耐え切れずに跡を付けてしまった日のこと。
――適当なことを言ったに決まっているわ。ルフレ様のことを知っているはずがないもの。
単なるたわごと。負け惜しみの言葉に過ぎない。
そのことを証明するために、様子を見にきただけ。
それだけだった――はずなのに。
『――うっせ! ブース! ブース!!』
『はああ!? そっちは顔以外最悪じゃない!!』
『顔は満点だからいーんだよ! お前を慰めたって男より、俺の方が絶対にいい男だからな!』
聞こえてきたのは、騒がしい二つの声。
屋敷に残って手を振るリディアーヌと――大荷物を抱えながら、並んで歩く二つの影。
一人は、顔も見るのも不愉快な、無能神の代理聖女。
もう一人は――。
『こっちは光の神なんだぞ! 俺の聖女になりたがるやつは大勢いるんだぞ!? お前ももっと俺を敬えよ! そうしたら――』
――ルフレ様。
暗い夜道でも、輝く光の神の姿は鮮やかだった。
冷たく、どこか鋭利な美貌の少年神。いつも自身に向ける、幼さの残る外見にそぐわない、皮肉げで達観した表情はなく――まるで年相応の少年のようにはしゃぐ姿に、ロザリーは立ち尽くす。
「どうして……」
口から、知らず声が漏れる。
微かな声は遠ざかっていく騒ぎ声にかき消され、夜の闇に溶けていく。
「どうして」
消えていく背中を、ロザリーは瞬きもせずに見送る。
信じられない。受け入れられない。こんなことはあってはならない。
これは裏切りだ。自分こそが聖女。ルフレの傍にいるのは自分のはず。なのに――。
――あり得ないわ。
心の中に、どろりとした感情が兆す。
――こんなの、間違っている。
どろり、どろりと染め上げていくのは――黒く、粘りつくような感情だ。
ロザリーの心の内を、ゆっくりと、隙間なく埋めていく。
――本当の聖女は私だけ。
指の先から、頭の奥まで、黒いものがロザリーを支配する。
不快感はない。いっそ心地よいくらいだ。
雑多な感情も、不要な思考も一切消え失せ、ただ一つのことだけがロザリーを満たす。
――許されるはずがない。許してはいけないわ。
指の先から、ぽとりと粘性のしずくが落ちる。
暗闇の中、そのしずくは足元の影と入り混じり、誰にも気が付かれないまま、かすかに揺らめいた。
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