17話

 話し合いは終わった。

 信じられないくらいに、あっという間に終わってしまった。


「――いやあ! そうかそうか、アマルダはルヴェリア公爵とも親しかったんだな! 思い返せば、よくうちのマリオンとも遊んでいたし、その夫である彼と仲が良いのも当然だな!」


 アマルダの右隣に座り、父がどこかほっとしたように笑っていた。


「最高神の聖女様とルヴェリア公爵家で争いになったらどうしようかと思っていたが……こうも平和的に解決できたのは、すべてはアマルダのおかげだ。誰も傷つかないようにとりなしてくれて……本当に、お前は優しい子だ」


「まったくです、クラディール伯爵。いやはや、意気込んできたというのに、まさかこんな結果に終わろうとは。わからないものです」


 アマルダの左隣では、セルヴァン伯爵が苦笑いで首を振る。


「それもこれも、アマルダ様のおかげですね。今日ここでお会いするまで、片方だけの意見で決めつけて、悪い印象を持っていた私が恥ずかしい。こうも思慮深くお優しい方でいらっしゃるとは……」


「クラディール伯爵、父さん、あまり言いすぎないでくれませんか。アマルダが困っていますよ」


 二人に挟まれ、口々の称賛を受けていたアマルダは、居心地悪そうに椅子の上で小さくなっていた。

 頬をかすかに染め、所在なく両手を握り合わせる彼女を守るように、エリックが父親たちの間に割って入る。


「そう褒めなくても、アマルダの優しさはみんな知っていますから。……まあ、少し優しすぎるきらいがありますけど」


 ふん、と息を吐くと、エリックはアマルダの向かいに立つ私に目を向ける。

 無言で両手を握りしめ、唇を噛む私を一瞥すると、彼はひどく不愉快そうに口元を歪めた。


「これから誠意をもって、心から無能神に仕えてくれればいい――なんて、君は甘すぎる。たしかに、こうなった以上は父さんもクラディール伯爵も、ルヴェリア公爵さえも被害者で、慰謝料を請求する気にはならないとはいえ……」


 エリックは視線こそ私に向けながらも、アマルダに話しかけ続ける。

 父とセルヴァン伯爵はアマルダに夢中で、私に見向きもしなかった。


「ノアの姉のことも、ルヴェリア公爵に真実を話すだけなんて。まあ、真実を知れば離縁は免れないだろうが、それにしたって――」


「エリック」


 部屋の中、鈴のような声が小さく響く。

 静かで、ささやかで、どこか困ったようなその声に、エリックは口をつぐんだ。


「そんなこと言わないで。ひどい罰なんて私は望まないわ」


 優しい言葉を口にして、彼女はゆるりと首を横に振る。

 亜麻色の髪のふわりと揺れれば、男たちが息を呑む。


「たしかにノアちゃんは嘘を吐いたけど……それもきっと、ただあなたと結婚したかっただけなのよ。悪意があったわけじゃなくて、ただ掛け違ってしまっただけ。ノアちゃんだって、こんな大事にするつもりはなかったと思うわ」


 そう言うと、アマルダは椅子からゆっくりと立ち上がった。

 戸惑うエリックを横に残して足を踏み出すと――彼女は小走りに私に駆け寄ってきた。


「ノアちゃん」


 立ち尽くす私の前で、アマルダは笑みを浮かべる。

 純粋無垢な――聖女のような微笑みが、まっすぐに私に向けられる。


「私はわかっているわ。だって私たち、友達だもの。――そうでしょう?」


 悪意を知らない青い瞳が、私をまるく映している。

 そのまま彼女は、凍り付く私に手を伸ばした。


 白くて細い手が、疑うこともなく私の手を握ろうとして――。


「――触らないで!」


 私はその手を、思い切り振り払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る