18話

「友達だなんて――よくもそんなことが言えたわね! よくも……!」


 口から出る声は震えていた。

 表情は歪み、目の奥が熱を持っている。

 奥歯を噛んでも感情は噛み殺せず、私は荒く息を吐く。


 ――落ち着いて。冷静にならないと……!


 ここでアマルダを責めるのは悪手だ。

 姉も今日の話し合いの前に、さんざん私に忠告していたはずだ。


 ――アマルダになにを言っても、自分が悪役にされるだけなのよ……!


 だから絶対に、アマルダに対して感情的になってはいけない。

 怒ったり、声を荒げたりしてはいけない。

 特に他人の前なんてもってのほかだ。

 それこそが、アマルダの思うつぼなのだ――と。


 ――わかっているわ。


 理性ではわかっている。

 だけど今、目の前。

 私に振り払われた手を、自分こそが傷ついたというように握りしめる彼女に、頭の中がかき乱される。


「どうしてそんな顔ができるの! あなたのせいじゃない! 全部、アマルダが悪いんじゃない!」


「ノアちゃん……」


 アマルダはそう言うと、よろめくように一歩下がった。

 そのままかすかにうつむけば、彼女の頬にひとすじ、涙が光る。


「ノアちゃん、ごめんなさい。そうね……そうよね。私のせいだわ、ノアちゃんが嘘を吐かなくちゃいけなくなったのは」


 涙を手でそっとぬぐい、アマルダは顔を上げる。

 泣き笑いでもするように、くしゃりと歪んだ表情に、私は笑ってしまった。

 同じ表情なのに、どうして彼女はこうもきれいに泣けるのだろう。


「私が聖女にならなければ……私がノアちゃんを聖女に誘わなければ、ノアちゃんは嘘を吐かなくて済んだのに……ごめんね、ごめんね……」


「アマルダ、君が謝る必要はない」


 ほろほろと涙をこぼすアマルダに、エリックが駆け寄って声をかける。

 優しい視線で、優しい声で、アマルダだけを慰める。


「君はなにも悪くない。全部ノアの逆恨みじゃないか。逆恨みして嘘を吐くような相手に、どうして君が謝らないといけないんだ」


「嘘を吐いたのはアマルダの方よ! どうしてわからないの!」


 ぐっと目元を荒くぬぐうと、私はエリックを睨みつけた。

 声の震えを隠すように声を張り上げ、わななく唇を噛み締めれば、エリックがうんざりと首を振る。


「どうして?」


 私を見る彼の目は冷たい。

 目の奥の熱をこらえ、歪み切った私の顔を見て、彼は呆れたように息を吐いた。


「君が信頼できないからだ、ノア。君の言葉には、アマルダのような本心が感じられない。君のことをずっと気遣うアマルダと、さっきから自分のことばかりの君――どっちが信じられると思う?」


 よろり、と私は足をふらつかせた。

 目の端から涙が落ちて、頬を伝うけれど、アマルダと違って慰める人間は誰もいない。


「ノアちゃん、ごめんね……ごめんね……」


 泣きながら謝罪を続けるアマルダを、三人が取り囲む。

 私に背を向けて、必死に声をかける姿に――頭の奥が焼けるようだ。


 ――お父様。


 思い返すのは、昔、屋敷で何度も見た光景だ。

 屋敷に遊びに来たアマルダ。嬉しそうにアマルダばかりを構う父。アマルダの気を引きたい兄に、アマルダを称える使用人。

 それを見ている、私。

 思い出したくもない。


 ――お父様、こっちを見て。


『アマルダ、お前は本当に心の優しい子だ』


 記憶の中の声が、現在の父と重なる。

 背を向けた父の姿は、今も昔も遠いままだ。


 ――お父様、私も。


 三人の背中の間から、目を潤ませるアマルダの姿が見える。

 次々の慰めの言葉に、困ったように笑う彼女の表情に――。


 ――私も泣いているのよ。


 どろり、なにかが湧いてくる。


 かつて、外から流れ込んできたものと同じ、粘りつくような感情が――今は、私の内側からあふれていた。

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