3話

 神様曰く――。


「穢れの浄化はこんなものですよ。一度にするのではなく、少しずつ、徐々に減らしていくものです。身に余る穢れを浄化しようとして、逆に呑まれてしまっては元も子もありませんから」


 とのことだ。


 穢れは、相手の魔力量に応じたぶんしか減らせない。

 魔力は消耗するものなので、ゆっくり体を休めて回復させなければ、次の浄化は行えない。


 そして、私の魔力では――一度に浄化できる穢れは、ほんの指先一本触れる部分のみときた。

 なにもしていないと思っていたけど、たしかに魔力はすっからかん。

 体にもほんのり疲れがあり、今日のところはこれ以上は難しそうだ――と、いうことは。


「――これ、あと何年かかるんですか!?」


 あまりの無力さに、私は思わず頭を抱えた。

 指先一本、一日一回。ただし体調の良い時に限る。

 これで全身穢れまみれの神様を戻そうなんて、無茶にもほどがあるのでは!?


「え、エレノアさん、あまり気を落とさず。人には向き不向きがありますから……」


 嘆く私に、神様はそっと優しく、抉るような言葉で慰める。

 くっ……! この正直者め!

 それってぜんぜん、否定してないですよね!


 ――く、悔しい……!!


 魔力がないのは自覚しているけど、他人に言われると別の辛さがある。

 悔しいから引っ張ってやれ!――と神様をつまんで伸ばせば、彼は「あっあっ」と慌てた声を出す。


「お、落ち着いてください、エレノアさん!」


 そう言いつつも、神様は無理には逃げ出さない。

 ただ困ったように身を震わせて、苦笑でもするようにこう言った。


「神気の大きさによって、蓄えられる穢れの量も変わります。私はきっとたいした神ではありませんから、そう長くはかかりませんよ。ゆっくりやっていきましょう」


 いやいやいや、神様、ご自分の体をわかっていない。

 この調子では、体の表面だけでも年単位、あるいは数十年単位である。

 神様の体内がどうなっているかはわからないけれど、もしも体の中までみっちり穢れが詰まっているなら――。


 ――私が生きているうちに、終わる気がしないわ!!


 どうりで、アマルダを聖女にしたかったわけだ。

 今の神様にとって、アマルダのあの膨大な魔力量こそ一番必要なものだったのだ。

 悔しいけれど、やっぱり考えてしまう。

 私ではなく、アマルダだったなら――――。


「エレノアさん」


 無意識に唇を噛む私へ、神様は穏やかに呼びかける。

 手慰みのように体を伸ばされているというのに、彼は怒りもしない。

 されるがまま、少し恥ずかしそうに体をひねるだけだ。


「私は、エレノアさんが浄化しようと思ってくださっただけで嬉しいです。いずれ良い方法が見つかるかもしれませんし、今は悩まず続けていきましょう?」


「神様……」


 やわらかな神様の声に、私は小さく息を吐く。


 ――そうね。


 まだまだはじまったばかり。結果を期待するのは早すぎる。

 などと、少し浮上した私に向け――。


「それに――今は穢れのことよりも先に、悩むべきことがありますし」


 神様は、穢れのときよりずっと暗く、重たい口調でそう言った。

 同時に、一度周囲を見回す――ようなしぐさで、彼は体をよじらせる。


 つられて周囲を見回す私の目に映るのは、掃除の終わった神様の部屋だ。

 埃は払われ、窓は拭かれ、床はピカピカに磨かれたこの部屋は、見違えるほどすっきりとした。


 ――ええ、ええ、それはもう。


 この部屋を見た百人中、百人が「すっきりしている」と言うだろう。

 掃除した身でいうのもなんだが、我ながら、ここまできれいな部屋はそうそう見たことがない。


 なにしろこの部屋――。



 ――…………捨てすぎたわ。



 家具がないのである。


 ベッドや書棚はおろか、椅子の一脚もない部屋の中。

 私と神様は床の上にじかに座ったまま、互いの顔を見合わせて、神妙なため息を吐いた。

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