4話

 ――うーん、家具。家具……。


 夕暮れ。神様の部屋を出て、宿舎の自室への帰り道。

 途中、食堂で受け取った食事を手に、私は悶々と考えていた。


 ――お父様に頼めれば良かったんだけど。あのやろ……お父様、ぜんっぜん当てにならないわ。


 神殿に待遇の改善を訴えてくれ――と父に頼み込んでいるものの、父が動いてくれた気配は今のところ全く感じられなかった。

 最下位の聖女は相変わらずの冷遇っぷりで、今日の食事も具のないスープと固いパンだけである。ひもじい。


 ――せめて差し入れだけでも送ってくれればいいのに! 着替えと食事を頼んだのに、いつまでも送って来ないし……! ほんと、なにをしているのかしら!


 どうせ婚約破棄の件でエリックと揉めていて、私のことなんてすっかり忘れているんでしょうけども!


 ――神殿に頼る当てもないし、神官たちはろくに話を聞いてくれないし……。


「あー! もう!」


 神殿内での私は無力である。

 ままならなさに、ついつい苛立ちの声を上げた――そのとき。




「――えー! 石より絶対に生ゴミの方が面白いって!」


 押し殺したような少女の声が、少し離れた場所から聞こえてきた。

 私は反射的に口をつぐみ、足を止める。


 場所は食堂の裏手。宿舎に戻るには近道だが――神殿の外壁に近く、ほとんど人の通らない裏道。

 人目をはばかるように、誰かが数人、声を潜めてくすくすと笑いあっている。


「ゴミまみれの方が見てて笑えるじゃない。それに石だと問題になるかもしれないし。あの子の神様に告げ口されたら大変よ」

「そうそう、神官もうるさいわよね。あの子の実家が公爵家だからって、へこへこしちゃって」


 ねー、と言い合う少女たちを、もう一人が笑い飛ばす。


「なーに言ってんのよ。あの偽聖女が告げ口なんてするわけないわ!」


 ――偽聖女? ……というか、この声って。


 どこか甘く、鼻にかかるようなその声に聞き覚えがある。しかも悪い意味で。


 嫌な予感に、私は思わず近くの木にの陰に隠れる。

 そのまま、そっと声の方向を窺えば――やはり。

 食堂裏手のゴミ捨て場付近に、ルフレ様の聖女とその取り巻きたちが立っていた。


 ――なにやってるの?


 彼女たちがいるのは、ちょうど私の進行方向。

 今すぐ引き返したいけど、避けて通るのもそれはそれで癪に障る。

 現在は貴重な食料も手にしているし、水を浴びせられたくはないなあ――と足踏みする私のことなど気づきもせず、彼女たちは意味深に笑い続けている。


「偽聖女のくせに偉そうで、ずっとムカついてたのよ。あなたたちもそうでしょう?」


 ルフレ様の聖女が言えば、他の聖女たちも顔を見合わせて頷く。


「ほんと、この神聖な場所に偽聖女なんて嫌よねえ。私の神様が穢れちゃうわ」

「本物の聖女に囲まれて、恥ずかしくないのかしら。ねえ」


「でしょう? あなたたちは分かっているわ。でも、ああいう勘違い女はちょっとくらい痛い目を見ないとわからないのよ」


 ――痛い目?


 どういうことかといぶかしむ私の方向へ、ルフレ様の聖女が目を向ける。

 一瞬ぎくりとしたが――どうやら、彼女が見ているのは私ではないらしい。

 私の隠れる木のさらに先を見やり、彼女はふふんと口を曲げる。


「だから、私たちが教えてあげないと。――あなたたちの案を採用してあげるわ。せっかくの食堂だもの。そこらへんの石よりも、生ゴミの方がぶつけがいがあるってものよね」


 そう言うと、彼女は一つ、大きく息を吸い込んだ。

 同時に、周囲の空気がピリッと張り詰める。

 刺すような空気の変化に、私はぎょっと身を強張らせた。


 ――魔力! あの子、魔法を使う気だわ!


 しかも、結構強い!

 さすが、仮にも序列三位の神様の聖女だ。選ばれてないけど――なんて考えている場合ではない!


 ――誰に向けて魔法を撃つ気……?


 慌てて彼女の視線の先――私のさらに背後を振り返れば、少し遠くに誰かの背中が見える。

 外壁の手前に立つその人は、こちらの様子に気が付いた様子もない。


 そうしている間にも、聖女の魔力は強さを増していく。

 風精霊たちが魔力に呼び寄せられ、周囲のゴミを浮かせ――。


「ゴミまみれになりなさい!」


 その声を合図に、一斉に飛んでいく。




「――――ば」


 ――止めないと!

 なんて殊勝な考えよりも早く、声と足が出た。


「――――っっっかじゃないの! なにしてんのよ、あなたたち!!」


 生ゴミが、後ろの誰かにぶつかるよりも先。

 私はトレーを盾の代わりに振りかざし、ガツンと生ゴミを叩き落とした。

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