5話

「生ゴミとか、水より洒落にならないわよ!」


 トレーを片手に掴んだまま、私はルフレ様の聖女に向けて叫んだ。

 水も十分腹が立つけど、ゴミは悪意がありすぎる。

 しかもどうやら風精霊に操らせていたらしく、ぶつける勢いもかなりのものだった。

 当たり所が悪ければ、普通に怪我をすることもありえただろう。


「いい加減にしなさいよ! 今日こそ神官に突き出してやるわ!」


 怒り任せに一歩足を踏み出せば、取り巻きたちが慌ててルフレ様の聖女を掴む。


「ロザリー、行こう! 見つかったら大変よ!」

「さすがにここを見られたらまずいわ! ロザリー! ……ロザリー!?」


「…………」


 取り巻きが腕を引いても、ルフレ様の聖女――ロザリーは動かない。

 その場に立ち尽くしたまま、無言で私を睨みつける。


「なによ、やる気!?」


 悪びれた様子もない彼女に、私はむっと顔をしかめる。

 文句があるなら言ってみなさい――という気持ちで彼女を睨み返し――。


 ――…………あれ。


 違和感に、眉をひそめた。


 ――なに、あれ。


 日も暮れかけ、長い影の落ちる時間。

 細長い無数の影の中、彼女の足元だけ、妙に影が暗くて――大きい。


「ムカつく……! 泥臭い聖女のくせに……!」


 低く冷たい声に、再び空気が張り詰める。

 彼女から立ち上る魔力に合わせて――彼女の足元の影が、どこか粘りつくように揺れた。


「やめよう! 行こう、ロザリー!」


 だが、その揺らめきも一瞬だ。

 次の瞬間には、取り巻きの一人がロザリーの腕を強く引く。

 そのまま、取り巻きたちは彼女を引っ張り、足早に逃げ去って行ってしまった。


 ぽつんと取り残された私は、少しの間、怒りも忘れて瞬いた。


 ――今のって…………。


 見覚えがある、気がする。

 黒く、暗く――どこか、粘つくようなあれは――。


「――――ねえ、あなた」


「ひゃい!?」


 びっくりした。

 びっくりした。


 物思いにふけりすぎて、変な声が出た。


 いったい誰だ――いや、この状況だとさっきの狙われていた子だろうか?

 などと思いつつ振り返り――私はもう一度、声を上げるほどに驚いた。


「礼を言うべきかしら? でもわたくし、助けて欲しいなんて言っていないのだけれど」


 助けられておきながら、この言い草。

 いつもなら腹を立てるところだけれど、今は怒る気にもなれない。


 ――あ、あ……。


 それくらい、彼女は意外で――有名な人物だった。


 ――――アドラシオン様の聖女じゃない!!


 なんでこの子が、ルフレ様の聖女に狙われてんの!?

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