6話
目を見張るような黒い髪。
意思の強そうな赤い瞳。
とびきり美人だけど、とびきりきつい顔をした彼女は、神殿の内外でもよく知られた人物だ。
公爵令嬢リディアーヌ・ブランシェット。
王家の血を汲み、国内外に影響力のあるブランシェット家の長女で、第二王子の元婚約者。現在は序列第二位の神の聖女という、とんでもない経歴の持ち主である。
容姿や家柄だけではなく、聡明で魔力にも恵まれた才女。
性格は苛烈で過激。自分の思い通りにならなければ、誰であろうと容赦しない――などとまことしやかにささやかれ、世間の令嬢たちからは憧れと恐怖を半々に抱かれていた。
――どうりで。
あの子たちが『偽聖女』と呼んだわけだ。
怖いもの知らずだとは思うけれど――彼女がアドラシオン様の聖女とわかれば、その呼び名も納得する。
なにせ、アドラシオン様にとって、本当の聖女はいつだってただ一人。
建国当時、彼が恋をしたたった一人の少女と――その生まれ変わりだけを指すのである。
建国神であるアドラシオン様は、この国においてはかなり特殊な存在だ。
彼は国づくりの際に、神々に背いて人の味方をし、最後は恋をした少女と生きていくために、神の力を捨てて人になったという。
人としての死後は再び神に戻り、人々を導いているが――もしも国に危機が訪れた際は、彼は制約の多い神の座を捨て、人に生まれ変わるのだ。
少女はこのときにのみ――人となったアドラシオン様を支えるために生まれてくるのだと言われている。
だから――今、神殿にアドラシオン様がいる以上、彼の『本当の聖女』は存在しない。
たとえアドラシオン様に選ばれようとも、あくまでもそれは少女の代わり。
仮の聖女――あるいは、あの子たちの言い方であれば、『偽聖女』ということになるのである。
――でも、アドラシオン様の選んだ聖女であることには違いないわ。
そうでなくとも、公爵令嬢。しかも王家の血まで入っている。
とても逆らえる相手じゃないのに――と思いながら彼女を見やれば、あちらも私を見下ろしていた。
きつい吊り目が私を見据え、かすかに歪む。
美人だけに威圧感のある表情に、私は身を強張らせた。
「あなた、馬鹿じゃないの」
その睨むような表情のまま、彼女は容姿に似合いの、高く硬質な声でそう言った。
「魔法に力で向かうなんて、無茶を通り越して無謀よ。大人しく隠れていればよかったのに。わたくしは自分で自分の身くらい守れるもの」
「…………は」
――は、はああああ!? なにこの子!
「助けられておいて、その言い方はなによ!」
あまりの言い草に思わず文句を言えば、相手は不愉快そうに眉根を寄せる。
フン、と鼻を鳴らす姿は、まさに傲慢と言う言葉がよく似合っていた。
「わたくしは『助けて』なんて頼んでいないわ。だいたい、そんな貧相なトレーで魔法に対抗されても困るのよ。それで怪我をしたらどうするの!」
「あなたねえ、怪我をしたら、って、そんなの――――ん?」
ん?
「生ゴミだったから良かったものを、あれが石や硝子だったら防げないでしょう! 危ないことをしてるんじゃないわ! あなたの身になにかあったら、あなたの神様が悲しむでしょう!!」
傲慢、高飛車、高慢を絵に描いたような少女は、そう言って私をギロリと睨みつけた。
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