7話
「あなた、エレノア・クラディールね。クラディール伯爵家の。……ろくな魔力もないくせに、余計なことをしないでちょうだい!」
「ろくな魔力もないって……!」
「あれくらいの魔法、わたくしなら簡単にはじき返せるわ。あなたは下手なことをせず、クレイル様のためにも自分の身を大切になさい!! だいたい――――」
「ま、ままま待って! 待って!!」
まだまだ言い募りそうな彼女に、私は慌てて制止をかける。
口調はきついし、態度もきついし、なんだか理不尽に怒られている気もするけれど――さっきから、なんだか妙に引っかかる。
――な、なんでこの子……。
「リディアーヌ……様。私の名前、どうして知っているんです!? それに私の神様も……!」
「知っているに決まっているでしょう。神殿の聖女くらい、覚えていなくてどうするの!」
当たり前のように彼女は言い放つ。
いや、いやいやいや!
私、他の聖女の名前なんてほとんど覚えてないですよ!
それに――。
「私、ただの代理聖女ですよ! しかも入りたてだし、神様の序列も最下位ですし!」
「神様に序列なんてあるもんですか!」
私の言葉を、リディアーヌ……様は一喝する。
怒ったような彼女の眉間の皺を見やりつつ、私は無言で瞬いた。
――この子……。
この神殿は、ひどい序列社会だ。
神々の序列が高いほどに媚びへつらい、低くなるほどに見下される。
最下位の神様は、その最たるものだ。
どこに行っても『無能神』『役立たず』『醜い化け物』と馬鹿にされる。
神を敬うはずの神官も、聖女も、食堂の雇われ調理人でさえ、神様のことを嘲笑っていた、のに。
――神様のことをちゃんと名前で呼ぶ人……久しぶりに見たわ。
しかもそれが、序列二位の神様の聖女。
このえらそうにふんぞり返った少女の口から出たことが、私には信じられなかった。
「なによその目は。なにか、わたくしに文句でもあって!?」
驚きの余り言葉もない私にそう言って、彼女はツンと顎を持ち上げる。
その、いかにも高飛車な彼女の――背後。
私は、小さな影が、彼女のドレスを引っ張っているのに気が付いた。
「聖女さま、……けんか?」
「けんかは駄目だよ!」
そう口々に言うのは、貧相な身なりの子供たちだ。
年は十歳そこそこだろうか。
痩せた体に、擦り切れた服。この贅をつくした神殿に似つかわしくない子供の姿に、私は眉をひそめた。
――こんな時間に、子供がどうして?
昼日中なら、神々へ参拝するために、外部から人が入ってくることはある。
だけどすでに日が暮れたこの時間。神殿の入り口はとっくに閉じられているはずだ。
なのに――と思う私の前で、リディアーヌ様は当たり前のように子供たちの肩を叩く。
「喧嘩じゃないわ。ちょっとお話していただけ。――いいから、あなたたちは早く外に出なさい。見つかったら大変よ!」
「はあい!」
「聖女さま、今日もごはんありがとう!」
と言って一礼し、素直に背を向ける彼らの手には、パンの入った籠がある。
貧しい身なりには明らかに不釣り合いな、焼き色の美しい小麦のパン。それが入った籠を大切そうに抱えて、彼らはぱたぱたと外壁の傍に駆けて行った。
彼らが立ち止まったのは、たぶん最初にリディアーヌ様が立っていた場所だろう。
そこで一度こちらを振り返り、子供たちは大きく手を振ると、そのままその場にしゃがみ込んだ。
どうやら、壁に子供が潜り抜けられるだけの隙間でも空いているらしい。
壁の中に消えていく子供たちを見送った、あと。
「…………」
私は無言で、リディアーヌ様に目を向けた。
彼女の手は、ついさっきまで子供たちに手を振り返していたその位置のまま、所在なく宙に浮いている。
「なによ」
その手をぎゅっと握りしめ、彼女は不愉快そうに口を曲げた。
「なにか文句でもあって? 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「……いえ」
文句はない。ないけども。
なんだか、すとんと腑に落ちた。
ははあ、なるほどなるほど。
なるほど彼女――――。
――――ツンデレだ!!!!
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