8話

 オルガ曰く――。


「今日のアマルダ様の護衛に選ばれるということは、俺たちにとって大事な意味があるんです。国を揺るがす重要な日で、なにが起こるかわからない。こんな日に選ばれるのは、アマルダ様に本当に信頼されているってことですから」


 とのことである。


 つまり逆に言えば、護衛を外された兵たちは、アマルダからの信頼をそこまで得られていないと言うこと。

 誰よりもアマルダを慕っている――と思っている兵たちにとっては、たしかに面白くない話だろう。


「もともと、アマルダ様の護衛に選ばれるのは大変なんです。みんな、お傍にいられる護衛になりたがるから、ライバルが多くって」


 見た目とは裏腹に、オルガはけっこう気さくな性格らしい。

 他の兵に見咎められないようにしながらも、彼は小声で私たちに話しかける。


「最近では実力があるだけでは護衛にはなれなくて、教養とか、生まれとか、容姿や若さまで見られるんです。アマルダ様のお傍にいて、見苦しくないようにってことで。……ヨランは、そのあたりは十分なんですけどね」


 苦笑しながらそう言って、オルガはちらりと前を行くヨランを見る。

 振り返りもせず不機嫌そうに歩くヨランは、態度はともかくとして、見た目だけならたしかに好青年と言えなくもない。

 神々のように圧倒的な美貌とはいかないけれど、言われてみれば顔立ちには品があるし、よく見ればけっこう整ってもいる。

 特に若い女性――というか、アマルダが好きそうな容姿だ。


「アマルダ様への忠誠心も十分なのに、どうして選ばれなかったのか――って、あいつ、納得していないんです。だから、今日はずっと不機嫌で」

「それで私たちに突っかかってきたのね」


 なるほど、と私は苦々しく息を吐く。

 要するに、どこからどう考えても八つ当たり。

 いくらこっちが罪人扱いとは言え、さすがに理不尽すぎるのではないだろうか。


 などと不満を顔に出す私を窺い見て、オルガがきゅっと肩をすくめた。


「すみません。迷惑をかけてしまって」

「あ、いえ、別にあなたが謝らなくても」


 いかにも申し訳なさそうなオルガに、私は慌てて首を横に振る。

 悪いのは突っかかってきたヨランであって、オルガは助けてくれた側なのだ。謝ってもらう筋合いはない。


 そう思うのに、オルガは肩を縮めたまま、苦い顔を崩さない。


「そうもいきません。同じ神殿兵のしたことですし……俺はあいつの、友達ですからね」

「友達?」


 はい、と言って、オルガは再び視線をヨランに向ける。

 温和そうな目に宿るのは、親しげな色と――少しの影だ。


「あいつも、根は悪い奴じゃないんです。……だから許してやってくれ、って言うのも難しいでしょうけど」


 視線の先のヨランは、振り返りもせずどんどんと先頭を進んでいく。

 今は、ちょうど裁判所の門をくぐったところ。ヨランの進む先には、青空を切り取ってそびえたつ裁判所と、その手前にある影の落ちた庭が見える。


「友達思いですし、努力家で、正義感も強くって。それに間違ったことが大嫌いで――それで余計に、あなたたちにきつく当たってしまうんです」

「間違ったこと、ですか……」


 オルガの言葉に、そう漏らしたのは神様だ。

 ヨランから少し遅れて門をくぐりつつ、神様は困ったように眉根を寄せる。


「誤解です――と言っても信じていただけないのでしょうね」

「……あなたたちは、穢れを生み出した容疑者ですから」


 濁すようにそう言うと、オルガは一度目を伏せた。

 すでに裁判所の敷地内。建物に日差しが隠れ、オルガの顔にも影が落ちる。


「ヨランはそれが許せないんです。……あいつは本当にアマルダ様を尊敬していて、アマルダ様の言うことをなんでも信じるから――――」


 そこまで言って、彼ははっと我に返ったように手で口を押さえた。

 語りすぎだと気が付いたのだろう。動揺を隠すように視線をさまよわせるオルガに、私はしばし瞬きを繰り返す。


 ――ええと。


 今の言い方って、もしかして……。


「オルガ……さんって、アマルダのことを信じてないんです?」

「い、いえ! もちろん信じています! アマルダ様は最高神グランヴェリテ様の聖女で、信頼できるお方です!」


 私の言葉を強く否定すると、オルガはピンと胸を張る。

 まるで、さっきの発言を取り消そうとでも言うような態度だ。

 そのまま思い出したように距離を取る彼の横顔には、もう先ほどまでの気さくさは見られない。

 他の兵たちと同じ、固く冷たい表情で前を見据えている。


 それでも――。


「……ただ、俺は神殿兵ですから」


 静寂の中、彼はぽつりと呟いた。

 誰に聞かせるでもないような――彼自身に、言い聞かせるような声だ。


「俺たちは、神と聖女を守るものです。そのことに、最高神も無能神も関係ありません。――少なくとも、罪が確定するまでは、そのはずなんです」


 前を向くオルガの胸に、神殿兵の徽章きしょうが鈍く光る。

 その徽章に手を当てて、彼は顎を持ち上げる。


 視線の先に見えるのは、影の落ちた裁判所の入り口だ。

 すでに建物内に入ったヨランを追うように、彼は大股で足を踏み出した。


「行きましょう。アマルダ様はすでにお待ちのはずです」


 背中を見せるオルガに、私は見えないとわかっていて頷きを返す。

 こんな兵もいるんだ――そう思うと、少し力が湧いてくる気がした。


 ――大丈夫。


 染みるような静けさの中で、私は一つ大きく息を吐く。

 この先に待つのは、アマルダとの裁判。

 多くの神官や神殿兵と、最高神グランヴェリテ様を敵に回しての戦いだ。


 それでも、きっとなんとかなる。


 リディアーヌたちが味方をしてくれているし――なにより今は、神様が傍にいてくれるのだ。


 ――怖くないわ。待っていなさいよ、アマルダ!


 深呼吸を終えると、私は暗い裁判所をきつく見据えた。

 そのまま覚悟を決め、足を一歩踏み出し――――。


「エレノアさん、待ってください」

「ぐえっ」


 決めたばかりの覚悟を挫く力で、ぐんと背後に引っ張られた。

 幸先が悪い。

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