祝勝会の翌朝

 そういうわけで、当たり前に絶叫である。


「なん……なん……なんで……! 神様が同じベッドで寝ているんですか!!?!?!」


 昨夜から引き続き、神殿の貴賓室。

 いつ眠ったのか記憶にないけれど、とにかくベッドで目覚めた私の第一声がそれだった。


 叫ぶ私の目の前には神様がいる。

 眠たげに半身を起こし、私を見上げる彼の顔には、私と同じく困惑の色があった。


「えっ……い、いけませんでしたか?」


 だけど、困惑の内容は私とは大違いだ。

 神様はきょとんとした顔で、そう言って青ざめる私に小首を傾げてみせる。


 ――『いけませんでしたか』、じゃないわ!!


 いける要素がどこにもない。むしろ、なにを思って『いける』と思ったというのか。


「なにか問題がありましたか……? あの、今回は、ちゃんと服を着ているのですが」

「問題しかないですよ!!?」


 ぺたりと服を撫でる神様に、私は断固首を振る。

 たしかに、以前同じベッドで目覚めたとき、隣で寝ていた神様は全裸だった。まったく、なにを恥じらうこともなく全裸だった。


 それに比べれば、今回は相当に常識的だ。ちゃんと服を着ている。隣で寝ている私への配慮がある。

 けど。


 ――誤差!!!!!


 そんなもの、ほとんど誤差。焼け石に水としか言いようがない。


「服を着ているかどうか以前に、未婚の男女が同じベッドで寝ることが大問題なんです!」


 逃げるように距離を取りつつも、私は神様に訴える。

 だけど神様は相変わらずだ。きょとんと瞬き、眉根を寄せて私を見る。


「…………?」


 だめだこりゃ。

 神様の顔に『?』が見える。


「同じベッドで寝て、どうしていけないのでしょうか?」

「それは……!」


 素朴な神様の問いに、私は言葉を詰まらせた。

 それは――の先の言葉はすぐに出ない。喉を詰まらせたように小さく呻き、私は視線をさまよわせる。


 だって、どう説明すればいいのだろう。青ざめていた顔が、今度は熱を持っていく。


「……そ、それは。それは……その、どんな間違いが起きるかわからないですし……」


 声の勢いはなくなり、言葉尻は消え入るように小さくなる。

 視線は神様に向けられない。逃げるように明後日を向く私を、だけど神様はまっすぐに見つめて瞬いた。


「エレノアさん」


 そのまま、彼は口を開く。

 どこまでも真摯な金色の瞳に、私を映したまま。


「私は、エレノアさんの許可なく肌に触れることはしませんよ」

「――――――は」


 はだ。

 ………………肌?


「無体を働くつもりはありません。エレノアさんが嫌がることを、私はしたくありませんから。――エレノアさんが『間違い』と思わなくなるまで、ちゃんと待ちますよ」


 は、と口を開いたまま、私は完全に止まっていた。

 声も出ない。呼吸もできない。言葉の意味を咀嚼できず、瞬きさえも止めて、しばしの間。


 奇妙な沈黙のあとで、私の顔が一気に熱を持った。


「あ……え……そ、それは……ええと…………」


 なにか言おうとしても、まともな単語が出てこない。

 顔が熱い。

 頬も熱い。

 耳の先まで熱い。

 上手く息が吸えない。


 ――待つって。だって、待つって……!


 それはつまり、神様はわかっているということだ。

 男女が同じベッドで寝る意味。その先のことを。


 無自覚だったわけではない。

 ちゃんと理解したうえで、彼は私の気持ちを『待っている』のだ。


「…………あ」


 う、と私はうめくような声を漏らす。

 視線はどこまでもさまよって、いつの間にか下を向いている。

 今、神様がどんな顔をしているかわからない。


「あの、ええと、ですが……そ、そう! 周りにも誤解されますよ!」


 わからないまま、私は誤魔化すようにそう言った。


 我ながら、言い訳めいた言葉だとはわかっている。

 それでも沈黙に耐え切れず、私はうつむいたまま声を絞り出す。


「神様がどうお考えでも、周りは勘違いします! 同じベッドで寝ていたら、そういう関係なんだって……!」


 落とした視線の先。握りしめたシーツが見える。

 力んだ指先。シーツのしわ。その先にいる、神様の影。


 その影が、不意に動く。

 ベッドが軋む音がして、神様の体が近づいてくる。


 はっと顔を上げた鼻の先に、私を覗き込む神様の顔がある。

 ゆっくりと瞬く金色の目には、私の姿が映っていた。


「私は構いませんよ。あなたとなら」


 怖いくらいに端正な顔は、にこりともしない。

 冗談の色もなく、息を呑むほど真剣に、どこまでも本気で――。


 神様は私に、こう尋ねた。


「エレノアさんは、お嫌ですか?」




(終わり)

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