祝勝会のあと
見上げるほどに高い天井。
景色を一望できる大きな窓。
家具は豪奢な装飾が施され、巨大なベッドには天蓋までついている。
祝勝会の夜も更け、そろそろ退散して休もうという私たちに用意されたのは、驚くほどに豪華な部屋だった。
『本来ならグランヴェリテ様の屋敷に案内するべきなんだが……穢れに塗れた今の屋敷に通すわけにはいかないからな。神殿の賓客用の部屋があるから、しばらくはそこで我慢してくれ』
などとレナルドは言っていたけれど、我慢どころの話ではない。
この部屋一つに、神様の小屋が三つ四つは収まってしまう。
しかも、部屋はここだけではない。隣にはもう一つ寝室があるし、さらに隣には娯楽室までついている。
身の回りの世話をするメイドたちも部屋のすぐ外に控えていて、呼べばすぐに飛んでくるという。
「―――――贅沢!」
一通りの説明を受け、神様と二人きりになった部屋の中。
私は迷わず窓辺に駆けだすと、ガラス戸を開いて歓声を上げた。
「あるところにはあるものね。賓客っていうか、これもう貴族のための部屋じゃない!」
とすっかりはしゃいでいる私も、一応は貴族。
クラディール家の屋敷にも似たような部屋はあったし、もちろんメイドも雇っていた。娯楽室の一つや二つも貴族は持っているもので、別に今さら驚くこともない。
が。それはそれ、これはこれ、である。
なにせ神殿に来てからこっち、私にとっての生活空間はボロボロの神様の部屋か、質素で狭い宿舎の部屋だけなのだ。
世話をしてくれるメイドもない。むしろ私が、神様のお世話をするメイドのようなもの。
こんな至れり尽くせりな生活は久しぶりで、興奮するのも無理はないというものだろう。
「神様! 見てください、神殿が一望できますよ! ほら、あそこにまだ祝勝会の火が見えます!」
窓の外を指さして、私は神様に顔を向ける。
完全にはしゃぎ切った私に対し、神様の方は冷静だ。異郷の神様を腕に抱えて、彼は気遣わしげな苦笑を浮かべた。
「エレノアさん、そのあたりにして今日はもう休まれてはいかがですか」
「神様、ですが――」
「いろいろあってお疲れでしょう。部屋のことよりも、まずはゆっくり体を休めませんか?」
むう――と私は口をつぐんだ。
今まで贅沢をしてこなかったのだから、今くらいは堪能しないともったいない。隣の部屋もあるという。娯楽室もあるという。覗いてみたい気持ちはかなりある。
けれど、神様の腕の中で、異郷の神様が眠たげにもちもちしていたなら仕方がない。
私自身はまだまだ元気なのだけど、眠い相手を前に騒ぐのも忍びなかった。
「そうですね、では――――」
まずは異郷の神様には休んでいただき、部屋を物色するのはそのあと、静かに行うことにしよう――。
〇
と言っていたエレノアは、ベッドに入ったら瞬殺だった。
やはり疲れていたのだろう。
異郷の神とともにベッドに横になり、小さく寝息を立てる彼女を見下ろして、彼はかすかに目を細めた。
部屋で起きているのは彼だけだ。
燭台の火も落ちた部屋で、彼はベッドの端に腰を掛けながら、知らず深く息を吐く。
周囲は静かだけれど、無音ではない。
風の音。鳥の声。小さな寝息に、身じろぎの音。
遠く、耳をすませば聞こえる人間たちの生きる音。
本来なら、ありえない光景だった。
すべては洗い流され、この地に残るのは悠久の静寂のはずだった。
建物はなく、人の影もなく、動くものはなに一つない。
そうするつもりでいた。そのために、彼はこの地にきた。
だけど今、この地には音がある。
未だ途絶えぬ、喜び騒ぐ声。救われた神のかすかな身じろぎ。己の前で、安心しきって眠る少女の鼓動。
今もなお、彼自身でも不思議だった。
「…………」
エレノアはどれほど理解しているだろうか。
神の決断を覆したこと。神さえも不思議に思うほどの結末を掴んだこと。
彼女がいるから、この大地に『今』があること。
彼女がはしゃいだこの扱いでも、報いられるにはまだ足りない。
すべては、彼女が神殿に来てから今日まで、誰もが逃げ出す醜い『無能神』に向き合い続けたからこそ。不服であっても逃げ出さず、不遇の中でも投げ出さず、神殿の片隅へ通い、掃除をし、言葉を交わし――。
怒りも悲しみも苦しみも、いくつもの穢れを抱えてもなお、前を見据えて駆け回り続けた、エレノアがいたからこそだということを。
「――――お疲れ様です。エレノアさん」
疲れ果て、眠りに落ちる少女の髪を撫でる。
無防備なその寝顔へ、かつての無慈悲な神は優しい笑みを浮かべると、そっとその隣に横になって目を閉じた。
また、この地で『明日』を迎えるために。
その『明日』の朝一番に待ち受けるものが、同じベッドで寝ていたことに気付いたエレノアの絶叫であるとは、つゆほども思わずに。
――――――――――――
8/1 本日書籍3巻発売です。
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