8話

 リディアーヌの冤罪を晴らすと宣言してから、今日で三日目。

 私たちはもちろん、なにもしていなかったわけではない。


 リディアーヌは上位聖女の立場を生かし、神官たちや王家から情報収集。

 私とソフィ、マリは手分けして、他の聖女たちから話を聞いて回っていた。


 ただし、その成果はあまり芳しくない。

 食堂で顔を突き合わせたまま、私たちは揃って重たい息を吐く。


「……神官たちも、原因に心当たりはないみたい。アマルダ・リージュに親しい神官たちはわたくしが原因と思っているらしいけれど、上層部は懐疑的のようね」


 リディアーヌは薄い紅茶を一口飲み、難しい顔で首を振った。


「アマルダ・リージュのすることに反対しないのは、わたくしを排除して王家の影響力を削ぎたいからでしょうね。王家の方は、今が好機と攻め時を狙っているもの。わたくしのせいにできたら、神殿としては願ったり叶ったりだわ」


 むう、と私は喉の奥で唸る。

 リディアーヌは王家につらなる公爵家の人間ということで、なにかと思惑が絡みやすい。

 特に、王家に狙われ窮地に立たされている神殿としては、できればリディアーヌに犯人であってほしいと思っていることだろう。


 ――神殿からの協力は得られないのね。


 アマルダに近しい神官たちはさておき、神殿を見張る神殿兵や、神殿全体をよく知る上位神官から話が聞ければと思っていたけれど、それもどうやら難しそうだ。


「私たちも他の聖女に話を聞いているけど、めぼしい収穫はなかったわね」

「みんな普通に、穢れが増えているのを怖がっている感じ。実際に穢れを見たって子も少なくなかったわ」


 そう言って、マリとソフィが顔を見合わせる。

 彼女たちは神殿生活が長く、ロザリーとも親しかったため、良くも悪くも顔見知りの聖女が多い。

 そんな見知った聖女の中で、そこまで険悪でもない聖女たちに、彼女たちは聞き込みをして回っていた。


「ソワレ様が言う『悪神に堕ちた神』についても、心当たりがある子はいないみたい」

「というより、心当たりがあっても言うわけないでしょって感じだけど」


 ソフィの言葉に、マリが「ふん」と鼻を鳴らす。

 どこか皮肉めいた笑みを浮かべ、目を眇め――彼女はその表情のまま、ふと私に顔を向けた。


「そうでしょう、エレノア?」

「えっ」


 その鋭い視線に、私はぎくりとする。

 心当たりがあっても言うわけがない――という彼女の言葉に、まさに心当たりがあったからだ。


 ――神様。


 神様が人の姿になってから数日。

 私は未だ、このことを誰にも話せていなかった。


 ――言った方がいいとは思っているけど……。


 仕える神々の様子を報告することは、そもそも神殿に暮らす聖女の義務である。

 もっとも、神々がほとんど姿を見せなくなってしまった現在の神殿で、報告義務なんて有名無実。『今日も変わりない一日でした』と伝える、形式だけのものになってしまっている。

 だけど、無能神と呼ばれた神様が人の姿になったとあっては、さすがに『変わりない一日でした』では済まされない。

 神官たちに報告するべきだし、そうすればもしかして、神様の暮らしだってもっと良くしてもらえるかもしれない。


 そう思うのに、私はどうしてか、報告を先延ばしにしてしまっていた。


「エレノア、聞いてるの?」

「ほあっ!?」


 と思わずとんでもない声が出る。

 三人の視線が一斉に集まり、居心地の悪いことこの上ない。

 中でもひときわ訝しげな目をしたマリが、「あんたねえ……」と不機嫌そうに頭を掻く。


「まじめにやんなさいよ。あんたも話を聞いて回ってたでしょ。私たちと仲の悪い聖女中心に。……まさか、サボってたんじゃないでしょうね」

「い、いえ! そこはしっかりやったわ!」


 疑い深いマリの言葉を、私は慌てて否定する。

 いくら思い悩んでいても、リディアーヌのため――ついでに、アマルダに少しくらいはやり返すために、聞き込みの方は手を抜いていない。


 聞き込み相手は、マリの言う通り、彼女たちと仲が悪い――すなわち、ロザリーが苛めていた他の聖女たちだ。


 同じロザリーに目を付けられていた者同士だからだろうか。

 彼女たちは、意外にも私に好意的だった。

 ロザリーへの愚痴やら苦労話と引き換えにいろいろ話を聞かせてもらい、ちょっと仲良くなったりもしたわけだけど――。


「穢れについて、特に気になる話は聞けなかったわ。神様のことも、特に変わったことはないって」

「ふうん。まあそんなものよね」


 マリはそう言うと、疑うような目を私から逸らした。

 私は知らず、ほっと安堵の息を吐きかけ――。


 ――安堵ってなによ!!?


 吐き出しかけた息を呑みこみ、大きく頭を振った。

 ぎょっとしたような目が集まっていることには気付かない。

 それよりも、無意識に安堵してしまった理由の方が問題だった。


 ――なんて、どうかしているわ……!

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