9話
穢れの発生原因を見つけ出すために、今は少しでも情報がほしいところ。
なにか些細な変化でもないかと探し回っている私自身が、些細どころではない変化を黙っているなんて、あまりにも不誠実だ。
――リディのためなのよ。ちょっと話して、それだけよ。神様が穢れの原因なはずはないんだから。
だから、みんなに伝えたってなんの問題もない。
ためらう理由なんてないはずなのだ。
――言わなきゃ。
私は息を吸うと、迷いを払うように両手を握りしめた。
リディアーヌを助けたい。
神様を信じている。
両方とも、本気で思っているなら言えるはずだ。
――…………聖女が神様を信じなくてどうするのよ!
よし、と内心で頷くと、私は顔を上げた。
よし――よし、言える。言うわよ!
「リディ、私――――」
「おや、リディアーヌ様。こんな時間にお会いするとは奇遇ですね」
言えなかった。
勢い込んで前のめりになり、口を開きかけた私を、知らない声が遮る。
驚いて視線を向ければ、こちらに向かってくる男の人の姿が目に入った。
若い、少し驚くくらい端正な男の人だ。
淡い茶色の巻き毛に、わずかに垂れた目元。優しげな風貌は、『王子様』という形容がよく似合う。
着ているものは、神官の服装とも、神殿兵の鎧とも違う。
きちっとした貴族の服装に、私は前のめりになったまま瞬いた。
――珍しい! 男性の聖女だわ!
神様の中にはもちろん女性もいて、聖女に男性を指名することもある。
だけど『聖女』と呼ばれる通り、数はそう多くない。
今の神殿で、男性の聖女は三、四人ほど。中でも、特に有名なのが――。
「ごきげんよう、マティアス・ベルクール。――ソワレ様の聖女が、わたくしになにか用かしら?」
目の前にいる彼、ソワレ様の聖女だ。
慣れたように挨拶を交わすリディアーヌを横目に、私は驚きに目を見開く。
男性の聖女。噂では聞いていたけど、実際に顔を見るのははじめてだった。
「用というわけではないのですが、たまたまお見かけしましたので、ご挨拶でもさせていただこうかと。こちらの食堂にリディアーヌ様がいらっしゃるのも珍しいですしね」
リディアーヌの前で足を止め、軽く会釈をすると、ソワレ様の聖女――マティアス様はそのまま私たちに目を向けた。
マリ、ソフィと順に見て、リディアーヌの隣の私を見る。
その目が、呆けたままの私の目とかち合ったとき――。
――――うぐっ。
自然に浮かべられた彼の微笑に、危うくうめき声が口から出かけた。
優しげな風貌に浮かぶやわらかい笑みは、神様の不意打ちとはまた違った破壊力を持つ。
思わずちょっとドキッとしかけて、私は内心で慌てて首を振った。
――さ、さすがは
神の心を奪うのも納得の王子様っぷり。
この女性だらけの神殿でこれは、いっそ目の毒ですらある。
ちらりと横目でマリたちを見れば、あちらも見惚れたようにマティアスを見上げていた。
神様がいて、全力で仕えると心に決めていたとしても、それはそれ。
恋とか浮気とかではなく、単純に目を奪われることもあるのだ。
「お友達とご歓談中でしたか。お邪魔してしまいましたか?」
……などと内心で言い訳めいたことを考える私から目を逸らし、マティアス様はリディアーヌに視線を戻した。
彼の笑みを前にしても、リディアーヌは平然としたままだ。
彼女もまた、同性の私でもドキリとする――それでいて、どことなく義務的な笑みを返し、口を開く。
が。
「ええ。悪いけれど取り込み中だから、後にして――」
「邪魔じゃないです! ねえ、ソフィ」
「そうね、マリ。ちょうど話も区切りがついたところで――あ、私たち今、穢れが増えている原因について話し合っていたんですよ!」
二つの声がリディアーヌを押しのける。
誰の声であるかは、当然考えるまでもない。
「マティアス様も、ぜひ一緒に考えてくださいませんか!」
椅子から腰を浮かせたマリとソフィが、聞いたこともないくらい甘い声でそう言った。
こ、この二人……!
私にはまじめにやれとか言ってたくせに!!
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