10話

 そういうことで、一人増えてしまった作戦会議。

 爽やか王子様系好青年という、今まで見たことのないタイプの男性を、私は複雑な気持ちで眺めていた。


「――なるほど。アマルダ様にかけられてしまった冤罪を晴らすために。僕も話には聞いていますよ。大変なことに巻き込まれてしまったみたいで、お気の毒です」

「仕方ないわ、自分で言い出したことくらい、自分で解決できてよ。…………それに、前と違って一人じゃないもの。手伝ってくれる相手がいるから、少しは楽ができるわ」

「おや。それなら僕もお手伝いいたしますよ。神殿の穢れはソワレ様にも関わってきますから、他人事ではありませんしね」


 ――…………いい人だわ。


 目の前で繰り広げられるリディアーヌとマティアス様の会話に、私は内心でそう漏らす。

 見た目や態度だけではなく、言動も含めて文句なしにいい人だ。

 おまけにベルクールといえば、なかなかに名の知れた名門貴族家だったはず。

 爵位は私の家クラディールと同じ伯爵でも、資金力も影響力も段違いで、格上の貴族家からも一目置かれていたくらいだ。

 ベルクール家の子息であるマティアス様がソワレ様の聖女となってからは、なおさら。序列第三位の神の聖女ともなれば、王家にさえも顔が利く。


 家柄よし、見た目よし、性格よし。そのうえアマルダに夢中な様子もなし。

 こうも非の打ちどころのない相手では、マリとソフィが騒ぐのも無理はない。


 ないけど。


「はー……素敵だわ、マティアス様。本当に王子様みたい」

「見惚れちゃうわよねえ。これで、あのソワレ様の聖女でさえなければ完璧だったのに」


「……あなたたち、自分の神様はどうしたのよ」


 うっとりとマティアス様を見つめる二人に、私は呆れ半分にちくりと刺す。

 曲がりなりにも、私たちも聖女――神様の伴侶なのだ。

 二人の神様は、姿こそ見えないけれど、お傍で見守ってくれていることはルフレ様から聞いている。

 それなのに、こうも堂々と他の男性に熱を上げるのはいかがなものだろうか?


 と思う私に、二人はぐるんと顔を向け――声を揃えてこう言った。


「それはそれ!」


 なんという力強さ。

 思わずたじろいでしまうけれど、二人は気にもしない。

 勢いそのままに、ぐぐいと私に身を乗り出してくる――――が。


「劇の人気役者に憧れるみたいなものよ。あんたにもあるでしょ、そういうの!」

「マティアス様とどうにかなりたいわけじゃないの。目の保養をしているだけっていうか。見ているだけで満足なのよ!」


「――見ているだけで、満足しないでほしいのだけど」


 作戦会議そっちのけで目の保養をしていたら、怒られるのも当然である。

 いつの間にやらマティアス様との会話を止め、こちらを見据えるリディアーヌの冷たい視線に、二人は言葉を呑んで竦み上がった。


「まじめに話をする気がないなら、帰ってくれて結構よ。もともとあなたたちは部外者だもの。無理に力を借りる必要もないし、やる気のないあなたたちを見ている方が気が滅入るわ」


 ぴしゃりと言ってのけるリディアーヌに、場の空気が凍り付く。

 マリとソフィが顔を見合わせ、マティアス様がぎょっとしたようにリディアーヌを見る中。


「…………わかっていると思うけど」


 私はそっと、相変わらずのリディアーヌの言葉を補足する。


「マリとソフィは巻き込んだだけだから、無理して手伝ってくれる必要はない。嫌々付き合う姿を見るのは悲しいから、面倒になったら気にせず帰ってもいい――って言ってるだけよ」

「か――――」


 ツンと澄ましたリディアーヌが、目を見開いて私を見る。

 氷のような美貌が驚愕に揺れ、見る間に赤くなっていった。


「悲しいなんて、わたくしは一言も……!」


 などと否定しようとするけれど、赤らんだ頬は隠しようもない。

 あからさまに動揺する彼女の姿に、マリとソフィも観念したように肩を竦めた。


「悪かったわよ。巻き込まれたのは事実だけど、自分でやるって言ったんだし」

「嫌々付き合ってるわけじゃないのよ。リディアーヌが冤罪で追放されても、寝覚めが悪いもの」

「アマルダを喜ばせるのも癪だものね」


 ね、と言い合って、二人は気を取り直したようにリディアーヌに顔を向ける。

 未だ赤い彼女を見ながら、口にするのは真面目な話し合いの続きだ。


「それで、聞き込みの次はどうするんだっけ――――」




 そうして、再開された作戦会議。

 今度は真剣にああだこうだと話し合う中で、私はリディアーヌを横目に、わずかな苦さを呑みこんだ。


 ――――……話しそびれちゃったわ。

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