11話

 数日後の私も悶々としていた。


 ――うう…………。


 と呻いたのは、すっかり夜も更けたころ。

 場所は神様の部屋でもなければ、宿舎の自分の部屋でもない。

 普段はあまり来ることのない神殿の片隅の、人通りの少ない道をとぼとぼと歩いているときだった。


 先日の作戦会議の結果、聞き込み以外にも手を広げるべきだ――ということで、穢れ発生現場を回って検証してみたものの見事に空振り。

 穢れの痕跡らしき黒い染みが点々と残るだけで、手掛かりらしきものは今のところ一つもなし。

 挙句の今日。ついに神官に見つかって、『夜遅くまで出歩くな!』と叱られてしまったのだ。

 帰路につく足取りも重く、私はしょぼくれながらため息を吐いた。


 ――結果が出ないわ……。


 あまりの手ごたえのなさに、ランタンを持つ手も力ない。

 空の月はおぼろげで、いつも以上に夜空が暗く見えてくる。

 風が吹き、道を囲う雑木林を揺らす中、どうにも思考が暗い方向に傾いてしまう。


 ――どうすればいいのかしら。神様のことも、まだみんなに話せないままだし……。


 一応、神様の方には、神官に報告するべきかどうか相談はしている。

 だけど当の神様が、『エレノアさんにお任せしますよ』だから悩ましい。

 神様は穢れと関係ない――といくら私が主張しても、穢れの増え続けるこの状況で、神官たちが納得してくれるとは思えなかった。


 ――穢れの原因についてはルフレ様も話してくれないし、頼りのアドラシオン様はお忙しくて、最近は神殿にいないってリディが言っていたし。


 神々が忙しいと言うのもあまりピンとは来ないけれど、思えば前に穢れが出たときも、アドラシオン様は神殿を離れていらっしゃった。

 まあ、彼に限っては、建国の神で、いわばこの国の守護神みたいな方なのだ。

 他の神様と違って、いろいろやるべきことがあるのかもしれない――というのは置いておいて。


 ――神様にも。


 穢れの原因について心当たりがないか、ルフレ様には聞けたのに、神様には聞くことができずにいた。

 ほんの一言聞いてみればいいだけ。きっとルフレ様と、答えは変わらない。

 そう思うのに、どうしてもためらってしまう。


 ――どうして。


 神様の見た目が変わっただけ。性格は変わっていない。穢れだって、まだ体の内にあると言っていた。

 悪神に堕ちているのなら、ルフレ様やソワレ様が会いに来るはずはない。

 わかっているのに。


 どうして私は、神様を――――――信じきれないのだろう。


「…………」


 私は無言のまま頭を振る。

 嫌な思考を強引に追い払い――顔を上げたときだった。


 ――――あれ?


 道の少し先に、なにか人のような影が見える。

 このおぼろ月の暗い夜。ランタンも持たずに揺らめく影に、私は眉をひそめた。


 ――…………人?


 疑問符が付いたのは、その影があまりにも曖昧だからだ。

 人の形はしている。背格好からして、おそらく男の人――神官だと思う。

 だけどそれが動くたび、輪郭ごと大きく揺れている。

 まるで、重たい水面が揺れるかのように。


 ――穢れ……!?


 見覚えのあるどろりとした揺れに、私は息を呑んだ。

 呆然と立ち尽くす私に、影はどうやら気が付いていないらしい。

 私には見向きもせず、道を外れて雑木林の中へと消えていく――その、直前。


「…………さま」


 揺れる影が発した言葉に、私は目を見開いた。


「………………アマ……ルダ……さま」


 影の向かう先――雑木林を抜けた先にあるのは、アマルダの住むグランヴェリテ様の屋敷だ。


 ――だ、誰か呼ばないと!


 人気のない道の半ば、慌てて私は周囲を見回した。

 こんな夜更けに、だけど誰もいるはずが――。


 ――いえ。


 雑木林の中、強い神気を感じる。

 だれかがいる――そう気が付くと、私は考えるより先にその気配を追いかけた。

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