38話

 私が言葉を吐き切ってから、しばらく。

 静けさの戻った暗闇の中で、レナルドが大きく身じろぎをする気配がした。


 反射的に身構えてしまうのは、これまでの印象のせいだろう。

 馬鹿にされるのではないか――とついつい体を固くし、私はぎゅっと両手を握りしめた。


 が。


「…………ま、そう深刻にもなる必要もないだろ」


 聞こえたのは、どうにも居心地の悪そうな言葉である。

 らしくもなく言葉に悩む様子で、「あー」だの「えー」だのと小さくうめく声が続く。

 それから。

 ひときわ大きく息を吐くと、彼はどこか投げやりに口を開いた。


「あー……なんでもかんでも疑えってわけじゃねえ。信じるところは信じて、疑問を持ったならまずは話をするのが先だ。むやみに疑っても疲れるだけだからな」


 だが、と言ってレナルドはまた身じろぎをする。

 大きな影が揺れ、太い腕が伸び――――。


「なんにも疑わないのは、それはそれで相手を見ていないのと変わりない。無理に否定しないで、よく考えてみることだな」


 肉厚な手のひらが、俯いた私の頭を、慰めるようにぽんぽんと撫でる。


 ――――は。


 撫でられている。

 慰められている。

 レナルドに。


 は。

 は――。


「ほおおおわあああああ!? なに!? なに!!!??」


 反射的に奇声を上げると、私は思い詰めていたことも忘れて飛びのいた。

 暗闇の中でレナルドがムッとしていたが、気にしてはいられない。


 ――だ、だって! あんなさりげなく! あんな当たり前に!?


 なんだか扱いなれているような――いやいや、まさか!

 ありえない、と首を振る私を、レナルドは肉厚な顔をしかめて睨みつける。


「そこまで嫌がる必要は――――と、ああ、いや……お前も一応は若い女か。子ども扱いして悪かったな」

「い、いえ、嫌がるっていうか……!」


 むしろ、一瞬ドキッとしてしまった――――なんて、口が裂けても言えない。

 子ども扱いだったことに、かえってホッとしたなどとは、もっと言えない。


 ――ぐ、ぐぬぬぬ……。


 なんとも言えない悔しさと居心地の悪さに、私は内心で呻いた。

 レナルドもばつが悪そうに腕を引き、奇妙な沈黙が満ちる中で――。


「ね」


 誰かがそっと私の袖を引いた。

 細い声にぎょっと目を向ければ、そこにいるのは眠たげな目をした少女だ。


「――ソワレ様!?」


 いつの間にか目を覚ましたソワレ様が、私の隣でにやーっと目を細める。

 驚く私など気にも留めず、彼女は私の耳元に顔を寄せた。


「わたしの王子様、かっこいいでしょう?」


 起きて第一声がそれかい。


 とは、さすがに口にしない。

 恋する少女の自慢げな囁きに、私は思い切り顔をしかめてみせる。


 だって相手はレナルドだ。

 あんなに嫌味で、口も悪くて、見た目だってお世辞にもかっこいいとは言えないのに。

 私だって、彼のせいでずいぶん腹立たしい思いをしてきたというのに。


 ――ぐぬぬぬぬぬぬ……く、悔しい……!


 悔しいけれど――こう答えるしかないだろう。


「……………………まあね」


 神様の次くらいには――と心の中で付け加えると、私は悔しさをごまかすように、「むふー」と満足げなソワレ様から顔を逸らした。


 違和感に気付いたのは、そのときだった。


 ――あれ。


 ふと、地下に暗い影が差す。

 もともと暗い地下だけど、今はなおさら。暗闇に目が慣れはじめ、周囲にぼんやりと浮かんでいたものの形さえもわからない。

 目の前も、隣にいるはずのソワレ様さえも見えない暗さに、私は眉をひそめた。


 ――月が雲に隠れた……?


 地下に差す光と言えば、わずかな月明かりだけ。

 それが遮られたのだろうかと、私は顔を上げ――。


 ――黒……!?


 息を呑んだ。


 ちょうど穴の真下にいるはずなのに、顔を上げた私の目に、空が映らない。

 雲に隠れた月どころか、ちりばめられた星も、かすかに見えた地表の土も見えない。

 地表から届く一切の明かりは失せ、ただ暗闇があるだけだ。


 だというのに――。


 どろり、と。

 大穴をふさぐ『なにか』が、重たく蠢くのだけは理解できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る