47話 ※ルフレ視点

 空はすっかり暗くなっていた。

 瞬く星々を見上げ、ルフレは息を吐く。


 春でも夜は冷える。

 穢れを負って重たい体に、冷たさが染みるようだった。


 ――……あーあ。


 手を空に透かせば、黒く変じた指の先が見える。

 人前では肌の色を誤魔化していても、彼の体から穢れが消えたわけではない。

 浄化することも手放すこともできなかった重みに、彼は口元をゆがめた。

 もう限界だと思っていたのに、それでもまだ引き受けてしまう自分が馬鹿らしい。


 ――ロザリー……。


 内心で、彼は苦々しくその名前をつぶやく。

 自分の聖女を自称し、声をかけてもこちらの話を聞く気がなく、逃げれば追いかけてくる厄介者。

 好意的には思えなかった。いや、はっきり言えば相当嫌っていたと思う。


 彼女の穢れは、今日、彼の体に加わっていた。

 追われて逃げているとき、人間の少女たちをかばいながら、少しずつ体に染み込んでいたのだ。


 体に染みた穢れを、捨ててしまうのは難しくない。

『あの方』がしたように、受け止めずに払ってしまえばいい。

 それだけならばルフレにもできる。いっそ、その方が『彼ら』にとっても幸福かもしれない。

 だけど――。


『――るぶれざま』


 頭の中に声が響く。


『わだじがぜいじょなの、わだじをみで、わたしを、どうか――』


 引き受けた無数の穢れの、無数の声が聞こえる。

 恨み、妬み、憎しみを宿した――救いを求めて、縋るような声。


 穢れは人の心だ。

 人の身に抱えきれずにあふれ出した、何よりも強く、哀れな思いだ。


 握りつぶすのも慈悲だろう。

 消してしまえば、きっと彼らも楽になる。

 だけどそんなことができるなら、最初から引き受けたりはしなかった。


 ――馬鹿だよなあ。


 人を見捨てられる神は、とっくに穢れを捨てて神殿を出て行った。

 彼らは賢明だ。かつて、建国神アドラシオンと作り上げた人との交わりは、もうとっくに絶えている。

 人々は神を忘れ、踏みにじり、増長した。

 人を見捨てられず、守ろうとした神々さえ、今は姿を見せられないほど疲弊した。


 もはや、自分たちにできることはない。

 あとはただ、『あの方』の審判を待つだけだというのに。


 ――まだ、期待を捨てられないなんて。


 穢れを引き受けるのは、人の心を守るため、だけではない。

 少しでも審判の日を遅らせたかったからだ。


 いつか、なにかが変わってくれるかと期待し続け、ついに穢れに染まった指の先を見やり、彼は自嘲気味に首を振った。

 そのときだ。



「――ああ、いた、ルフレ様!」


 神官たちへの報告を終え、宿舎に帰ろうとしていたはずの人間の少女が――。

 エレノアが、一人輪から抜けていたルフレの元へ駆けてくる。

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