3話 リディアーヌ
というわけで、祝勝会なのである。
場所は神殿の中央部。食堂近くにある広場にテーブルを並べ、肉、酒、肴を山のように盛り付けての大宴会。
騒ぐのは勝者であるところの王家の兵たちのみならず、聖女に神官、神殿兵。今回の件には特に関りのない神殿勤めの食堂の料理人やら下働きのメイドやら、挙句の果てには神々まで加わって、飲めや歌えやの大騒ぎである。
――……いえ、でも、私は仮にも聖女で……神殿に所属する人間が神殿の崩壊を喜ぶわけには……。
とは思えども、ユリウス殿下が『細かいことはあとだ、あと! こんな時に騒がなくてどうする!!』とおっしゃったからには仕方がない。
牢から出たばかりで疲れ切っていても、神聖なる神殿でどんちゃん騒ぎはいかがなものかと思っても、先々のことを考えるととても騒ぐ気にはなれなくても、この国の第二王子たる殿下の言葉とあってはどうしようもないのである。
そういうわけで、決して豪勢な食事につられたわけではない私は、誠に遺憾ながらも日暮れ前からはじまった祝勝会の熱気に加わったのである。
その結果がこの通り。
「リーディーアーヌー………………」
片手に肉。片手に酒――ではなくジュース。飲んでもいないのに熱気にあてられ、私は酔ったような目つきで低い声を絞り出した。
時刻は日暮れ前を通り越し、すでに夜へと差し掛かるころ。わずかに陽光の名残の赤が残る空の下、私はじとりと目の前の友人の赤い瞳をねめつける。
ちなみに、ねめつけているのは私だけではない。
一緒にテーブルを囲っていたマリとソフィが、同じようにリディアーヌに詰め寄って胡乱な目を向けている。
「な、なにかしら。あなたたち、そんな顔をして……」
リディアーヌはそう言って、戸惑ったように後ずさる。
しかしこちらとしては、『なにかしら』もなにもあったものではない。
リディアーヌが後ずさった分だけ距離を詰め、彼女を見据えて一呼吸。大きく息を吸い込むと――。
「リディじゃん!」
「少女じゃん!!」
「生まれ変わりじゃん!!!」
法廷の空気では言えなかった本音を、全力で吐き出した。
いったい、なにが『偽聖女』。なにが、『わたくしは生まれ変わりではないの』、だ。
「リディが神話の少女じゃん!!!!」
アドラシオン様が生まれ変わっている以上、当然少女の生まれ変わりも存在する。
これでリディアーヌじゃなかったら、そっちのほうが驚きである。
「え、え……? い、いえ、でもわたくしは記憶がなくて……」
「そんなの誤差でしょ!!」
いまだにピンと来ていないリディアーヌに、私は間髪入れずにそう言った。
もうここまで来た以上、記憶の有無なんて間違い探しとかそのレベルの話である。
――まさか、本当にうっかり記憶を忘れて生まれ変わってるとは思わなかったわ……!
いつだったか、アドラシオン様の偽聖女であることを悩むリディアーヌに慰めの言葉をかけたことがあったけど、こうなってしまうとバカバカしい。最初から最後まで、少女はリディアーヌしかいなかったのである。
「…………でも、そんなはずはないわ」
しかし、記憶を忘れたうっかり者は、未だにこんな調子である。
これだけ言われても納得いかないリディアーヌは、沈んだ顔でぎゅっと両手を握りしめた。
そのまま、苦しげに吐き出される彼女の言葉に――。
「だって、ユリウス様はわたくしになにもおっしゃらなかったわ。アドラシオン様の生まれ変わりだと打ち明けてくださったときも、なにも」
「いやいや! あの朴念仁になにを期待してるのよ!」
ぽろっと私の口から漏れたのは不敬罪である。
熱気に満ちていたはずの周囲の空気が、一瞬にして完全に凍り付く。
「ぼ、ぼく……!?」
と言いかけたリディアーヌは、それ以上口にはできずに愕然とし、一緒に詰め寄っていたマリとソフィは『嘘でしょこいつ』という顔で私を見る。
隣のテーブルから、こちらの騒ぎに茶々を入れていた酔っ払いたちでさえ、飲む手を止めて言葉を失っていた。
――やってしまったわ。
そうは思えども、口から出てしまったものは仕方がない。
そして実際、そう間違っていないとも思うからどうしようもない。
だって、どうせ『言わなくても気持ちは伝わる』とか『記憶の有無は重要ではない』とかで、わざわざ言う必要がないと考えていたに決まっているのだ。
これを朴念仁と言わずしてなんと言う。ルフレ様がアドラシオン様を『鈍い』と評していたことがあったけれど、こうなるとそう言いたくなる気持ちもよくわかる。
なのでまあ、私は特に撤回することもなく、しかし誤魔化すようにリディアーヌを睨みつけた。
「いいから、ユリウス殿下に会ってきなさい。こうなったら、本人に直接聞いた方が早いわ!」
直接、と言いながら、私は肉を指したフォークを広場の一角へと突きつける。
フォークの先が指し示すのは、広場の一段高い場所。ちょうど広場全体を俯瞰できる場所にユリウス殿下がいるということは、本人の口から聞いていた。
『俺は基本あの場所にいる。なにか用があれば訪ねてくるといい』
とは、少し前までここでリディアーヌと話をしていたユリウス殿下の去り際の言葉。『なにか用』というからには、別にこの用件で訪ねても問題はないだろう。
「でも、いくらなんでも直接は……」
そう思えども、リディアーヌの反応はどうにも重たい。
ためらいがちにフォークの先を目で追ってから、もう一歩、逃げるように足を引く――が。
「いい加減、観念なさい」
「ここで聞かなくていつ聞くのよ」
リディアーヌを逃がすまいと、今度はマリとソフィが両脇から挟み込む。
じとりと見上げる二人の視線に、リディアーヌはぐっと喉を詰まらせた。
「い、いつって……?」
「いつかは聞かなきゃいけないことでしょう。それともあんた、まさか一生言い訳して聞かずにいるつもり?」
「それで死ぬまで、『自分は神話の少女じゃないかも……』ってめそめそするわけ? やだやだ、その愚痴を誰に聞かせるつもりよ」
さすがは元いじめっ子の取り巻き。向ける言葉に容赦がない。
そして申し訳ないけれど、気持ちとしては私も同じなのである。
マリとソフィに便乗して、私もまたリディアーヌへじっとりとした目を向ける。
「…………」
三方向から胡乱な視線に囲まれて、リディアーヌは足を引いた姿勢のまま身を強張らせた。
強張る体で両手を握り、唇をきつく噛みしめ、ぷるぷると小さく肩を震わせて少しの間。
それでも変わらぬ私たちの視線に、ついに耐え切れなくなったように叫んだ。
「わかったわ! わかりましてよ!」
藍色のにじむ空に、意を決したような強い声が響き渡る。
夜よりも濃い髪をたなびかせ、顔を上げた彼女の瞳は強い。鋭すぎるほど鋭い美貌で取り囲む私たち三人を順に睨み返すと、彼女はいつものように、ツンと澄まして胸を張った。
「わたくしだって、そこまで言われては黙ってはいられません。よくてよ、わたくしが直接、ユリウス様に聞いてきて差し上げます!」
それはいかにも悪役らしい、傲岸不遜な公爵令嬢の姿だ。
誰よりも傲慢で、誰よりも誇り高く、誰よりも美しい。建国神アドラシオンの愛した
「わたくしをその気にさせたこと、後悔なさい! あとであなたたちに、思いっきり慰めさせてやるんだから!!」
そのまま視線をユリウス様の居場所へと移し、彼女はうつむくことなく歩き出す。
もはや足に迷いはない。堂々とした足取りで、人ごみの中へと消えていくリディアーヌの背中に――――。
残された私たち三人は、揃って声を上げた。
「なんで失敗前提なのよ!!!?」
不安すぎる。
――――――――――――
11/1 本日、「聖女様に醜い神様との結婚を押し付けられました」の2巻が発売されました。書籍もよろしくお願いします!
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