4話 マリ、ソフィ①

 雑踏に消えたリディアーヌを不安交じりに見送り、マリとソフィはやれやれと肩を竦めた。


「リディアーヌ、本当に大丈夫かしら。ほんっと世話が焼けるんだから!」

「あの調子じゃ、また変な誤解して戻ってきかねないわよねえ。のろけみたいな愚痴を聞かされるなんて馬鹿馬鹿しい。食べなきゃやってられないわ」


 口ではそう言いつつも、顔に浮かぶ表情はどことなく清々しい。

 まるで一仕事終えたような顔で、もう一度だけリディアーヌの向かった先を見つめてから、彼女たちは仕切り直しとばかりに元いたテーブルへと足を踏み出す。


 が。


「――――なにを他人事みたいに言っているのよ」


 しかし待て。


 そそくさとテーブルに戻ろうとする二人の肩を掴み、引き留める手がある。

 もはや隠すまでもなく、その手は私のものである。


 私は強い力で二人の肩を引き寄せると、清々しくも空々しい二人の顔を順に見た。


「あなたたちも、やらなきゃいけないことがあるんじゃないの?」


 私に低い声に、マリとソフィは清々しい表情を凍らせて――。


「…………」


 無言のまま、スッと逃げるように視線を逸らした。



 周囲は祝勝会の熱に浮かされて騒がしい。

 私たちが元いたテーブルの隣でも、酒盛りの華やいだ声が聞こえてくる。


 しかし、二人の逃げた視線は決してそちらには向かわない。

 たまたまか気を使ってか、ルフレ様が引っ張ってきた神々のおわすテーブルを横目に、二人はただ無言で冷や汗を流すのみである。


 ○


 法廷を覆う穢れが消えたのは、あの場にいた人々の手で穢れの浄化が行われたからだ――というのは、あとからルフレ様が語った話である。

 神々と人々が手と手を取ったからこそできた大掛かりな浄化。誰かが恐れて手を放すか、あるいは神が穢れの扱いを誤れば、そのまま全員穢れに呑まれていたかもしれない危うい賭けだったのだという。

 ちなみに神が呑まれれば、それだけ悪神の力も強くなる。そうなると神殿は物理的に壊滅。おそらくこの国自体が不毛の地になっただろう――とは、後日談として聞くにも重すぎる。


 ――そうなったら、もしかして私のせいじゃ……?


 私が神様を助けに飛び込んだからこそ、他の人々や神々が穢れに触れる結果となったわけで、つまり私がなにもしなければ、危険な賭けをすることもなかったということ。

 今回は上手くいったからいいものの、失敗していたら私が国の破滅のきっかけ。稀代の大悪党である。


 ――ま、まあでも! 結果上手くいったわけだし! 一番いい結果に収まったわけだし!


 失敗すれば大悪党でも、成功すれば無問題。おかげさまでみんな無事。悪神に堕ちかけの神もその手前までは戻ってきて、ついでに――と言ったらなんだけど、ちょっとした良いこともあった。


 何百年、何千年と積み重なってきた穢れは、あれだけの人数がいてもさすがに払いきることはできない。払えた穢れはほんの一部。神々が本来の力を取り戻すには、あまりにも少なすぎる量だ。


 だけどそれでも。本来の力こそ取り戻すことはできなくとも。

 

 失った姿を再び得て、人前に現れることができるくらいには、浄化をすることができたのである。


 ○


 ――まあ、その姿を取り戻された神々って、ものすっごく少ないのだけど。


 建国神話では百にも上る神々がいたはずなのに、結局お姿を見せたのは十数柱ほどだった。

 思った以上に見捨てられていた事実に、神殿は大騒ぎ――をする余裕もない。

 祝勝会に参加する神官たちは半ばやけくそである。


 自分の仕えるべき神がいなかった聖女も多い。

 なまじ十数柱ほどの神々が顕現されたばっかりに、彼女たちの落胆は著しかった。

 しかしここは神殿。他人をかき分けて神託をもぎとった聖女たちの集う場所。落胆は著しくも、しかして彼女たちはたくましく――という話は、いったん横に置くとして。


 とにもかくにも、マリとソフィの仕える神、トゥール様とフォッセ様はちゃんといた。

 穢れを払う際にも手を貸してくれて、無事にお姿も取り戻し――――。


「………………」


 私は無言で、マリたちを見る目をちらりと隣のテーブルへ向ける。

 語らう数柱の神々に、見覚えのあるお顔はない。

 しかし見覚えがなくたって、神ともなれば神気がある。いつだったかロザリーが穢れとなって襲ってきたときに助けてくれた神の気配は、私よりも二人の方がよく知っているはずだ。


 というか、目を向けるまでもなくさっきからずっと視界の端にもちらちらと映っている。

 だって隣のテーブルなのだ。リディアーヌとのやり取りのときに茶々を入れていたのが、あろうことかあちらにおわす神々である。つむじ風の神トゥール様なんて、ヤジまで飛ばしていらっしゃった。


「…………ここで話さなくて、いつ話すって言うの」


 低い声で私が口にしたのは、先ほど二人がリディアーヌに向けて言ったのと同じ内容だ。

 隣のテーブルに聞こえないよう、声を潜めているのはせめてもの慈悲。代わりに私は肩を掴む手に力を込め、目を逸らす二人に顔を近づけた。


「リディアーヌにあれだけ言っておいて、まさか自分たちは逃げようなんて言わないわよねえ」


 我ながら不敵に笑ってそう言えば、二人はぎくりと身を強張らせた。

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