5話 マリ、ソフィ② →
「だだだだだってだってだって! わたし、どんな顔をしてお会いすればいいの!?」
「あたしはリディアーヌと違って選ばれてないのよ!? なのにお話なんてできるわけないじゃない!!!」
とぎゃいぎゃい騒ぐ二人を蹴り出し、私は一人で元のテーブルへと戻ってきていた。
騒いだ二人がどうなったかといえば、もちろん隣のテーブルにいる。ちらりと視線を向けると、見るからに緊張した二人の横顔が見えた。
マリをニヤニヤ見下ろしているのは、若干遊び人めいた雰囲気のつむじ風の神、トゥール様。ソフィに微笑みかけるのは、女性と見まごう華やかな顔立ちの蔓薔薇の神、フォッセ様。さすがに会話までは聞こえてこないけれど、お二方の表情を見る限り、悪い結果にはなっていないようだ。
「まったく、手のかかる友達ばっかだわ」
真っ赤になっている二人を横目に、私はどっかりと椅子に腰を下ろしながらそう言った。
飲み差しのジュースを一口飲めば、疲労と満足の混じった吐息が漏れる。
まるで一仕事終えた気分――いや、まさしく大仕事を終えたばかり。腰の重い友人たちをけしかけるのも楽ではない。
「…………なーにを偉そうに」
などと一人職人顔でうなずく私の隣から、恐ろしく低い声がする。
心底呆れ、心底疲れ――心底聞き覚えのあるその声に、私は反射的に顔を向けた。
「エレノア」
私の名前を呼ぶのは、酒をなめる唇だ。
顔を向けた私に、酔いの混じった鋭い視線が向けられる。
強張る私を映し出すのは、私と同じ瞳の色だ。軽くまとめた長い髪は栗色で、私とよく似た癖がある。
顔立ちは、私と似ているけれど私よりも大人っぽい。体つきは私よりずっと細く、グラスを持つ手はしなやかで、所作には私にはない品がある。
しかして、その大人っぽさも細さも品性も、すべて些末なことだと思えるほどに――なんともまとう雰囲気のたくましい『彼女』は、私を見据えたままガッと力強い手を伸ばした。
「誰が一番手を焼かせたと思っているの! この手のかかる末っ子が!!」
「あだだだだだだ!!」
うっかりすると儚げにも見える容姿なんてなんのその。彼女の両手は、見た目にそぐわぬ力でもって私の頭を鷲掴みにする。締め上げるような痛みに、私は思わず悲鳴を上げた。
「あだだだ! お姉様、酔ってる! 酔ってるわね、これ!?」
「飲まなきゃやってられないわよ! だからアマルダとかかわるなって言ったのに!これじゃあ、心臓がいくつあっても足りないわ!!」
「ごめんなさいぃいいい……!」
久しぶりの姉妹の再会がこれである。
𠮟りつける姉の容赦ない手に、私は涙目で声を漏らす。
――で、でも私にも事情があって!
なんて言い訳しようとしたところで、酔った姉にはそもそも言葉が通じない。こうなってしまうと、もう姉ではなくて野獣。妹はお姉様には逆らえないのである――という妹の嘆きは置いておいて。
酔っていなくたって、私に言い訳の言葉はない。
私の危機と聞いて取るものも取りあえず、ユリウス殿下をひねり上げて強引についてきてくれた姉に、私が言えることなんてなにもないのである。
今回の一件は、姉の方も無関係ではなかった。
というのも、法廷で殿下が語った通り、アマルダが姉の夫であるルヴェリア公爵閣下に接触したからだ。
もとよりルヴェリア公爵家は王家と近しい。アマルダから送られてきた手紙を受け、切り捨てずに利用しようというのは、神殿の腹を探りたい殿下の事情を知る公爵閣下の案だったという。
『身の危険には晒さない。限界だと思えばすぐに救出する――とは言われたけれど。危険じゃなければいいってものでもないでしょう』
とは、神殿で再会して早々、笑みにも似た怒りを湛えながら事情を説明してくれた姉の言葉である。
刻一刻と悪くなっていく私の状況に、怒り、怒り――怒りすぎて我慢できず、殿下を脅してはるばるやってきたのが今日だった。
――まあ、さすがに裁判所の中にまでは入れなかったみたいだけど……。
ここで待っているように、と言われて裁判所の外でしばらく。やきもきしながら待っている間に、なんか裁判所が黒く染まって悲鳴が上がりだしたそうな。突入しようにも、もちろん公爵夫人の暴挙を護衛たちが許すはずもなく、無事に助かった今も飲まなきゃやっていられない――というわけである。
――お、お酒があってよかったわ……! これでも素面よりはいくらかマシだもの!
涙の再会なんてあったものではない。怒る姉は恐怖である。今は飲んでいるから多少はマシで、素面の姉の怒りは涙も引っ込むほどに恐ろしいのだ。
……まあ、それでも姉を見た途端に気が抜けて、ちょっと泣いてしまったのだけど。
ちょっとではなく、実はべしょべしょに泣いて姉にしがみついてしまったのだけれど、それはそれ。
とにもかくにも、現在は姉の怒りが酒で宥められているのはありがたい。グラスが空になれば、酒を注ぐために手も離してくれる。
ようやく締め付ける手が離れ、私は内心ほっとしながら、ジュースに口をつけたのである――。
「――――で」
と気を緩めた瞬間を見計らったように、姉は度の強い酒を手に口を開いた。
酔った目からは、もう怒りの色は薄れていた。しかし厄介なことに、代わりに浮かぶのは愉快そうなからかいの色だ。
まるで、楽しいおもちゃでも見つけたかのような顔である。
「あなたは人のことが言えるの、エレノア」
姉はにやっと目を細めると、目を合わせないようにジュースを飲んでごまかす私に、ごまかしようのない特大の衝撃発言を口にした。
「グランヴェリテ様と一緒にいなくていいの? だって、プロポーズされたんでしょ」
ごふっ。
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