14話 ※神様視点

 人間たちの驚愕の表情が見える。

 愕然と目を見開き、口から言葉にならない吐息が漏れる。

 足を引き、信じられないと首を振る姿が見える。

 まさか、と押し殺した囁きが漏れる。


 呪われた地などありえない。

 滅ぶべきとはどういう意味か。

 咎人とは、生きる意味とは。


 ここは神々に愛された国のはず。

 これほど多くの神々が集まり、力を貸し与える国は他にない。

 他国では当たり前に生まれる穢れも、魔物も、この国からは生まれなかった。


 それは、すべて神々がこの地を愛し、人間たちを守っているからだ――――。


「いいえ」


 漏れ聞こえる声へ、彼は首を横に振った。

 その拍子に、視線が一瞬、見慣れた栗毛色の髪を――エレノアを捉える。

 他の人間と同じように驚き、戸惑いを浮かべるエレノアに、彼はわずかに目を伏せた。


 これから口にすることを、彼女はどう思うだろうか。

 胸のざらつく感覚を覚えながら、しかし彼はすぐに顔を上げる。


 人間たちにとっては残酷な、忘れられた事実を告げるために。


「――いいえ、逆です」


 この国は愛されてはいない。

 愛しているから、神々が集まるのではない。


「この地に神々が集うのは、あなた方がからこそ」


 なぜ、建国を神々が反対したのか。

 なぜ、建国のために無数の試練が課されたのか。

 なぜ、この国にだけ神々がのか。

 その理由は単純で、ひどく残酷だ。


「ここが、世界でただ一つ。命を守りはぐくむ母神の愛から、永遠に見放された地だからです」


 ここは、放っておけば腐り落ち、命は死に絶え、穢れを撒き散らす呪われた地。

 母の愛によって時間とともに赦され、消えていくはずの穢れが、永遠に消えずさまよう地。

 穢れを打ち消す、母への祈りが届かぬ地。


「これだけ多くの神々が祝福を与え、あなた方の生み出す穢れを引き受けなければ、成り立たない土地だったからです」


 他であれば『些末な障害』に過ぎない穢れが、この場所では脅威と変わる。

 神が手を貸さなければ無尽蔵の穢れが魔物を生み続け、人を喰らい尽くす土地だった。

 ただ、それだけの話なのだ。



 〇



 それは、遠い昔話。

 まだ父が生きていて、母が大地に生きるすべての子らを愛していたころ。

 今よりも人々が素朴で、世の中が単純だったころ。


 人間たちが、単純さを捨てようとしていたころの話だ。




 はじまりは珍しくもない。

 人間の増長だった。


 同じ父母から創られながら、他の獣たちから一線を画すようになった人間が、驕るようになるのは時間の問題だったのだろう。

 ともに生まれた獣を見下し、同じ人間同士で優劣をつけ、無数の穢れを生みながら、いつしか人間は神へと手を伸ばそうとした。


 自らを生み出した父。創造神を手に掛け、自らが神になり替わろうとした。


 父は怒り、不届き者の住まう土地ごと滅ぼすように、戦に長けた己の息子に命じた。

 それがアドラシオンだ。もとより弟は、人間を滅ぼすために地へと降り立った。


 だが、そこからすべてが狂いだす。

 誰よりも忠実だったアドラシオンは人間の娘に絆された。

 土地に住まう人々を守る娘のため、アドラシオンは父の命に逆らい、離反した己に代わって地上に降りた神々と戦い、ついには人間たちとともに父殺しを成し遂げた。


 大地は大神の血に染まる。

 愛する半身を失った母は嘆き、怒り、血まみれの地を呪った。

 命をはぐくむ母の祝福は、呪いの言葉に代わった。


 ――――血を。


 母がなにかを呪うのは、後にも先にもそれ一度きりだった。


 ――血を、洗い流しておくれ。あのひとの血も、血を踏みにじるものも、すべて。


 あれ以来、二度と母がこの地に目を向けることはない。

 母の命を受け、地上に降りた最後の神が、彼だった。




「――――私は」


 静まり返った法廷を、彼はゆっくりと見回した。

 今、この場所ほど己の言葉に相応しい場所はないだろうと思いながら。


「私は、あなた方を裁くために来ました」


 口にするのは、千年前と同じ言葉。

 かつての人間たちを絶望へと落とした、無慈悲な神の宣告だった。


「アドラシオンとともに父神殺しを成し遂げた咎人たちを滅ぼし、罪の清算をさせるために、私はこの地に降りたのです」

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