11話
死んだ目をした私が、リディアーヌによって強引に連行されたあと。
処刑すらも覚悟していた私は、現在――――。
「あ――――!! 美味しい!!!!」
天国にいた。
場所はアドラシオン様の屋敷内、食堂。
目の前には、ごちそうの山。
みずみずしいサラダ、具だくさんのスープ、分厚いステーキに山盛りのポテト。白いパンはふわふわで、バターもジャムも塗り放題だ。
味はもちろん申し分ない。というよりも、伯爵家にいたころの食事よりもずっと美味しい。
並みの貴族では味わえない、王家もかくやという食事に、はしたなくも食べる手が止まらなかった。
――意地汚くたってけっこう! だって飢えて死ぬよりマシだもの!
「もっと欲しいなら言いなさい! 遠慮なんて似合わない真似はしないことね! わたくしをかばったせいで食事を摂れなかった、なんて言いふらされたら、わたくしが困るのだから!」
食事に夢中の私の横。
リディアーヌはきつい口調で言いつつも、レモン水の入ったグラスを渡してくる。
「でも、調子に乗って食べ過ぎないことよ。食後にはデザートもあるんだから!」
やったー! 至れり尽くせり!
至れり尽くせりついでに、この食堂に来る前には『そんな汚れた格好で部屋に上がらないでちょうだい!』と屋敷の風呂に放り込まれ、『そんな貧相な服はこの場所に相応しくないわ!』と服まで着替えさせられている。
宿舎には風呂がなく、水場で体を拭くしかできなかったから、久々に生き返った気分だ。
服は汚れたリボンごと没収されて、『もう着ない服だからあなたに差し上げてもよくってよ』と今着ている服をもらうことになってしまった。
さすがにそこまでは申し訳ない――と恐縮したのも、束の間。
美味しいものを食べたら、遠慮なんてすっかり飛んで行ってしまった。
「――さすがアドラシオン様のお屋敷。あるところにはあるものね……!」
豪勢な食事を終え、ほんのり酸っぱいレモン水を飲んだあと。
すっかり満たされた私は、満足感半分、妬み半分に息を吐いた。
――こっちは固いパンとスープだけ。部屋にも家具一つないのに! ずるいわ! 羨ましい!
同じ聖女だというのに、この生活の差はどういうことか。
調度品に満ちた食堂。座り心地の良い椅子。赤々と灯る燭台。
アドラシオン様の屋敷が立派であればあるほど――なぜだか、神様のことを思い浮かべてしまう。
――神様、今ごろなにをしているかしら。
私がお腹いっぱいに満たされている間、彼はあのなにもない部屋で一人きり。
なにを考えているだろうか。お腹を空かせてはいないだろうか――。
「……神様にも食べさせてあげたいわ」
「よくってよ」
ぽつりとつぶやいた私の言葉に、間髪入れず返事が来る。
驚いて顔を上げれば、紅茶のセットを持ったリディアーヌが私の真横に立っていた。
「どうせ、わたくしたちだけでは食べきれない量だもの。要らないといっても神殿が寄越してくるのだから、処理に困っていたところよ」
言いながらも、リディアーヌは自らカップに紅茶を注いでいく。
きつい言葉や態度とは裏腹に、妙に丁寧で手慣れた仕草だ。
「パンでもスープでも、好きに持って行きなさい。どうせ余って子供たちに押し付けていたものよ。押し付ける相手が増えたなら、わたくしの方も捨てる手間が省けるわ」
なんて憎まれ口をたたくリディアーヌを、私は無言で見上げた。
淡い紅茶の香りが、食後の食堂にふわりと広がっていく。
――ふうん。
思えばこの広い屋敷なのに、給仕をしてくれたのはリディアーヌ自身だ。
他の聖女たちと異なり、使用人を招き入れている様子もない。
――屋敷も食事も妬ましいと思ったけど。
もしかして、リディアーヌにとっては本意ではないのかもしれない。
アドラシオン様の立場上、神殿が押し付けてくるのは断れないけれど、捨てるには忍びない。
だから貧しい子供たちに分け与えていた――ということなのだろう。
それも『今日もありがとう』と言われるあたり、気まぐれなんかではなく、ずっと続けてきたことなのだと想像がつく。
――素直じゃないわ。
「――なによ!」
まだなにも言っていない。
「そんな顔して、なにか言いたいことでもあって!? はっきり言いなさい!」
いったいどんな顔をしていたというのか。
思わず頬を撫でてみれば、なんだか口元がにやついている。
ごまかそうと表情を引き締めてみるが、どうにも上手くいかない。
――まあ、いいわ。
表情を取り繕うのをあきらめると、私は笑みを浮かべたままリディアーヌを見上げた。
「くれるって言うなら、ありがたくもらうわ。ありがとう――リディアーヌ」
私の言葉に、素直でないリディアーヌは不機嫌そうに顔をしかめ――。
微かに、頬を赤らめた。
「べ……っ! 別に、お礼を言われることではないわ! 要らないものを押し付けているだけよ! そ、それに、『好きに持って行きなさい』と言ったけれど、ちゃんとお客様の分は残してもらわないと……!」
いや、いくら私でも、ここの食べ物を根こそぎ持っていくつもりはない。
ないけど――いま、少し引っかかる単語が聞こえた気がする。
「……お客様?」
神々の――それも、序列二位のアドラシオン様の住まう屋敷に、客人?
もちろん、神々の屋敷を訪ねる者はいる。
神官や参拝客が入り口近くで祈ることもある。
だけどそれは昼日中。神殿が門を開けている時間帯のことだ。
夜、しかも食事をふるまうような相手となると――普通の人間とは思えない。
――一体誰が……?
と首をひねった、そのとき。
「――リディ! 腹減った! なんか食い物くれ!!」
食堂の扉が不意に開かれ、無遠慮な声が響き渡る。
アドラシオン様ではありえないような、粗暴な口ぶりは――非常に不本意ながら、聞き覚えがあるものだった。
嫌な予感に振り返れば――。
「なんだよ、誰か来てるのか? 珍しい――――って」
アマルダと並び、見たくもなかった顔が目に入る。
光輝く金の髪。どこか鋭さのある美貌。
そして、それを台無しにするような、生意気・失礼・腹立たしいと三拍子そろった表情。
思わず目を見開く私に、彼もまた息を呑み――。
一瞬の沈黙のあと、ほとんど同時に叫んだ。
「お前、あのときの暴力聖女!! なんでお前がここにいるんだよ!!」
「なんでこんなところにいるんですか! ルフレ様!!」
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