14話

 カツン、と小石のようなものが転がる音で、私は目を覚ました。

 うっかり蹴飛ばしでもしてしまったのだろう。重たいまぶたを持ち上げれば、親指程度の小石が遠ざかっていくのが見える。


 ――…………いえ、小石じゃないわ。


 薄暗がりの中で目を凝らせば、それが人工物だとわかる。

 均整の取れた楕円形をしたそれは――――神殿兵の身分を示す徽章きしょうだ。


 ――なんでこんなものが……?


 何気なく手を伸ばし、私は徽章を引き寄せる。

 そのまま手の中で転がしつつ、ぼんやりと徽章を眺め――。


 ――――これ、オルガの徽章じゃない!


 そこに彫られていた名前に、私はがばりと跳ね起きた。

 呆けていた頭がようやく目を覚ます。


 ――ええと、私……穢れに呑まれたのよね!? なんで生きてるの!!??


 ぺたぺたと体に触れてみるが、どこも怪我をした様子はない。

 頬をつねればしっかり痛く、夢を見ているわけでもなさそうだ。

 理由はわからないけど、とにもかくにも生きている。穢れにも呑まれていない。


 だからと言って――ほっと一安心、とはならない。


 ――っていうか、ここ、どこ!? 裁判所の中!? 外は!? 神様は!?


 慌てて周囲を見回しても、見えるのは暗がりと冷たい石の廊下だけだ。

 裁判所の入り口にいたはずなのに、外の景色らしきものは見えない。

 逃げ惑う兵たちも――神様の姿も、ない。


 代わりに、薄暗がりに横たわる一つの影があった。

 うつむいたまま、かすかにうめき声を漏らすその人影は――。


 穢れに呑まれる直前、怒り任せに私の手を掴んでいた、ヨランだ。


「…………どうしよう」


 出口の見えない回廊に、ヨランと二人きり。

 夏らしからぬ冷たい空気を感じながら、私は呆然とつぶやいた。




(7章(前)終わり)

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