7章(中)
1話
冷気の満ちる暗い回廊。
ぽつぽつと灯る燭台の灯りに、耳が痛いほどの静寂と、肌を刺すような穢れの気配。
出口は見えず、人影も見えない場所で、現在は私を毛嫌いするヨランと二人きり。
どうしよう、もなにもない。
こんな状態でヨランが目覚めてしまったならば、それはもちろん『こう』なるに決まっている。
「貴様、この建物になにをした! 神聖なる裁判所に穢れをばらまいたのか!!」
「してないって言ってるでしょ! ていうか、できないわよそんなこと!」
「黙れ! 言い逃れができると思うか! 貴様以外の誰が、なんのためにこんなことをすると言うつもりだ!!」
「知るわけないでしょう! ああもう、こんなことなら寝かせておけばよかった!!」
らちの明かないやり取りに、私は荒く頭を掻く。
こんな今にも穢れの出そうな回廊で、さすがに気絶したヨランを放ってはおけないと叩き起こしたのは失敗だった。
目を覚ましたヨランが、大人しかったのはほんの一瞬。周囲の異常と私の姿に気づいた途端、この通り。半身を起こした状態で、立ち上がるより先に私にがなり立てる。
「とぼけるな! ここにはアマルダ様がいらっしゃるんだ! 貴様はアマルダ様を狙っていたんだろう!!」
「誰がアマルダなんて――」
狙わなければならないのか。
アマルダには、当然ながら恨みがある。一言文句を――ではなく、もはや物理的に張り倒してやりたい気持ちは山ほどある。
だからと言って、アマルダ一人のためにこんな大事件を起こすわけないでしょうが!
と言いたい気持ちを呑み込み、私はひゅっと息を吐く。
別に、呑み込みたくて気持ちを呑み込んだわけではない。
「貴様がアマルダ様を逆恨みしているのはわかっている! そのために多くの人間を――オルガを巻き添えにしたんだ!!」
怒鳴り続けるヨランも、いったん横である。
好き勝手言われて腹も立つが、今はそんな場合ではない。
そして、この状況で『そんな場合ではない』ことと言えば、もちろん決まっている。
「貴様、なにを黙って――――」
などと言いつつ不愉快そうに私の視線の先――自身の背後を振り返り、ヨランもまた言葉を呑み込んだ。
「――――」
沈黙は一瞬。
のち、私とヨランはほとんど同時に、すぐ真後ろににじりよる黒い影――穢れに向けて叫んだ。
「ギャ――――――!!!!」
情けない二人の声が、冷たい回廊に響き渡る。
穢れはもう眼前。逃げる余裕もない。
――お、終わった……!
そんな絶望を、口にする間もない。
迫りくる黒い影が、私たちを呑み込もうとする――――。
寸前。
「――――まだ、こんなところに人がいたのか!」
聞き覚えのない鋭い声とともに、目の前で光が弾けた。
突然の光に目が眩む私たちの目と鼻の先。
今にも呑み込まんとしていた穢れもまた、怯んだように動きを止めている。
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