13話 ユリウス⑤
それはもうバッタバッタと音を立て、私は大慌てで殿下へと駆け寄った。
隣にいた巨漢は、まあそうだろうと思っていたけれどレナルドだ。いったいなんの話をしていたのか、珍しい取り合わせの二人は会話を止め、割って入る私へ驚きの顔を向けてくる。
「どうした? リディを探しているのか?」
と尋ねたのは殿下である。
目の前で足を止めた私を見下ろして、いかにも不思議そうな顔をする彼に、私は肩で息をしながら首を振った。
「い、いえ、私が探しているのは神様でして……!」
私がリディアーヌを探しているわけではない。というか、リディアーヌは探している側の人間である。
そして探されているのは、まるで心当たりのない顔で首をひねる殿下の方である。
「兄上を探している? それでどうしてリディの話が出るんだ?」
「今は私のことではなくって……!」
断固としてもう一度首を横に振ると、私はぐっと力を込めて殿下を見上げた。
ついでに勢いあまって一歩踏み出し、危うくつかみかかりかねない距離で声を上げる。
「それより、リディは一緒じゃないんですね!? 私たちのテーブルで話したあと、会ってもいないんですか!?」
「ああ。あれからリディに会ってはいないが……」
殿下はそう答えながらも、『リディ』の名前に表情を険しくする。
私の剣幕から、ただならぬことがあったことを察したのだろう。まだ呼吸の整わない私を見下ろして、彼は声を低くした。
「なにか問題が起きたのか」
「問題…………というと少し違うのですが……!」
問題かと言われるとうなずきにくい。別に、厄介ごとや騒動が起きたわけではないのだ。
――まあ、一番の問題は殿下がここにいることなのだけど!
なんて内心はつゆ知らず、言葉を濁す私に殿下は眉間のしわを深めた。
「なら、なにがあった。リディがどうかしたのか」
「ええと……リディが、殿下に話したいことがあると……」
「話したいこと? どういった用件だ?」
リディアーヌが、生まれ変わりの少女かどうかという用件です!
と、まさか私が言うわけにもいくまい。他人の口から伝えては台無しである。
ぐぎぎ、と奥歯を噛みつつ、私はそれでも殿下を急かそうと訴える。
「用件は私の口からは言えないのですが、とにかくこう……大事な話なんです! リディと殿下についての根本的な話といいますか……!」
「…………?」
「ああもう! いいから戻ってリディと話をしてください! 殿下のテーブルのところで待っているはずですから!」
「…………?? それなら、こちらの話が終わったらすぐに向かうが……」
しかし殿下は相変わらずピンと来ていないご様子。顔に浮かぶ「?」が増えてしまっている。
――こ、これどうやって伝えればいいの!?
いつだったか、アドラシオン様は鈍いと言っていたルフレ様の言葉がまたしても浮かぶ。
いやまあ、はっきり伝えられない私も悪いのだけど。
悪いとは思うけれど、切れ者と評判になるくらいの王子ならここで察していただきたいところ。なんかこの殿下、リディアーヌに関してはやたらポンコツでは?
「…………??? 用件はそれで終わりか?」
顔の「?」もさらに増えてしまった。
これはもう、洗いざらい話したほうがマシなのではないだろうか――と思いかけ、私は慌てて首を振る。
生まれ変わりであるかどうかは、リディアーヌがずっと抱えてきた大きな悩み。それを殿下に直接聞くというのは、彼女にとっての大きな決心のはずだ。
そこに他人が横入りするのは許されない。これはいわば、リディアーヌにとってのプロポーズなのだ。
それを私が伝えるとは、つまり『あの子、今からあなたにプロポーズするつもりなんですよ』と本人より先に言うのと同じこと。絶交どころか一生恨まれても文句は言えない最悪の所業である。
でも、それじゃあどうすれば――と悩む私へ、助け舟が出たのは思いがけないところからだった。
「…………いや、早く行った方がいいと思いますよ」
聞こえたのは、頭上から響く呆れ交じりの声。
はっと顔を上に向ければ、目に入るのは巨体の影だ。
これまで黙って見ていたレナルドが、見ていられないと言いたげに、渋い顔で肩を竦めていた。
「話しの大事な部分はもう聞きました。どうせこのあとは、こまごまとした事務的な内容でしょう?」
「それは……その通りだが……?」
「だったら、あのお姫様を優先した方がいいんじゃないですかね。……たぶん、すごく重要な話だと思うんで」
レナルドの言葉に、私は「お」と驚き――ともつかない声を漏らす。
意外、というよりは、やっぱりという感想が浮かぶ。さすが、レナルドは察しがいい。私の態度から、リディアーヌの目的に気付いてくれたようだ。
「…………レナルド」
私とレナルド双方から急かされ、殿下の顔からもようやく「?」が消えてくれる。
どうやら後回しにしていい用件ではないとわかってくれたらしい。
彼は私とレナルドを順に見ると、そのまま視線を一度下に向けた。
「……それほどの話なのか。用件を口にできないほどに」
つぶやいたのは、低い声。重たい響きのその声は、誰に告げたわけでもない。
なのに瞬間、私の肌が粟立った。自分でも知らず、いつの間にか足を引いている。
なぜ――とは思わない。無意識に息を呑む私の目の前、肌を粟立てるほどの威圧感を放つ存在が立っている。
「やはり、リディになにかあったんだな」
姿こそは違えども、それはアドラシオン様のまとう威圧感と同じ。
ユリウス殿下は静かな冷気をたたえ、リディアーヌがいるであろう祝勝会の中心部へと目を向けた。
「わかった、すぐに戻る」
短くそれだけを言うと、殿下は身を翻した。
そのまま逸るように、私たちに背を向けて足を踏み出すその背中へ――――。
「お前たちはあとを頼む。俺はこの会場にいる全兵力を連れてリディのところへ向かう」
「絶対やめて!!!!」
「絶対やめろ!!!!」
私とレナルドは、不敬罪の概念も忘れて全力で引き留めた。
さすが、殿下は察しが悪い。
全兵力の前でリディアーヌに告白をさせる気でいらっしゃる!
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