14話 レナルド④

 鈍感天然王子ユリウスを二人がかりで説き伏せ、どうにかリディアーヌの元へ向かわせると、エレノアは早々に去っていった。


『じゃあ私、神様を捜してるところだから!』


 と言って、来たときと同じだけ騒々しく走り去る姿は、まるっきり嵐である。ユリウスもエレノアもいなくなり、静寂を取り戻したテーブルで、レナルドは疲労感とともに長い息を吐いた。


 ――あれが最高神の聖女かよ。


 なんともやかましく、なんとも騒がしく、なんとも趣味が悪い。

 しかし同時に、彼女を気に入る神々の気持ちも、わからないでもないから厄介だ。

 嵐のように引っ掻き回され、悩みもなにも弾き飛ばされてしまった今、残された静けさは少し痛かった。

 さっきまでは、遠くの喧騒なんてくだらないとしか思っていなかったのに。


 ――いろいろ話しておきたいこともあったんだけどな。


 喧騒の中心部を羨むように眺めながら、彼はいなくなったエレノアに向け、内心で恨むように呟いた。

 現在はユリウスの占領下とはいえ、神官が神殿の管理を投げ出すことはできない。あの王子には王子なりの考えがあるだろうが、こちらとしても最高神のこれからの待遇を考えなければならないのだ。


 食事はどうする。住居はどうする。直近では、今晩の寝床はどうする。

 最高神と判明した以上、まさかあのボロ小屋に寝泊まりをさせるわけにはいくまい。

 かといってこれまでの最高神の屋敷は、穢れに取り込まれ衰弱した人間たちがゴロゴロ見つかったいわくつき。そんな場所にも、最高神を招くわけにはいかない。


 ひとまず今晩は、神殿の貴賓室を使用するか、序列四位以下の神々の住む屋敷に部屋を用意するか――といったことを相談しようと思っていたのだ。


 もちろん、そんなこまごまとした話をエレノアに聞かせる余裕などはなかった。

 遠ざかるエレノアの背に伝えられたのは、せいぜいユリウスが来る前に視界の端で見た、逃げる最高神らしき金髪と追いかける聖女たちが、どちらへ向かって行ったかくらい。今晩の寝床については振り返りざまに一言、『ごめん、任せるわ!』と返ってきただけである。


 ――『任せる』、か。


 最高神の聖女様の雑な返事を思い出せば、知らず眉間にしわが寄る。

 ユリウスもエレノアも勝手なものだ。言いたいことだけ言って、どちらもさっさといなくなってしまった。


「……厄介ごとを押し付けられただけだな、こりゃ」


 静けさとともに取り残されたレナルドは、暗闇に向けて一人ぼやく。

 要するに、面倒な最高神の聖女のお守りをしろというだけのこと。ユリウスがやりたくない仕事を放り投げられただけだ。


 要するに、ただの雑用係。エレノアとは顔見知りで、神殿の内情にも詳しく、無茶ぶりにもそれなりに対応できるレナルドは、そう考えると都合がいい。


 だから、これはたいした話ではないのだ。

 国を守る、未来を守る、人々を守る。そんな重たい話ではないのだ――と。


 そう考えでもしなければ、とてもこの重荷は受け止められそうになかった。


「あーあ……食わなきゃやってらんねえ……」


 ぐるりと巡る思考を放棄するように吐き捨てると、レナルドはテーブルの食事に手を伸ばす。

 手を伸ばしながらも、だけどやっぱり考えてしまう。


 ――まあ、でも。


 どうせもう、この先レナルドにすることはない。

 人生をかけた目的は果たされた。すべてを費やして救いたい相手は救われた。


 だとしたら、あとは単なる残り時間。暇を持て余すくらいなら、雑用でもしていた方がまだマシというもの。

 レナルドにとって人間の未来も国の存続も壮大すぎてピンとこないが――。


 五十年、百年先。いずれ自分がいなくなったあとの女神を守る結果につながるなら、そう悪い仕事でもない気がした。


 ――……やっぱり、らしくねえな。


 似合わないその考えに、苦笑めいた吐息が出る。

 こんなときはもう食べるしかない。それで鬱憤が晴れるわけでもないけれど、とにかく腹に詰め込まずにはいられず、太い指で肉を掴もうとしたときだった。


「だめ」


 暗闇に、かすれた声が響く。

 遠くの喧騒よりも小さく、草木に隠れた虫の鳴き声よりもか細く、木々の葉を揺らす風よりもささやかなその声に、レナルドは眉をひそめた。


「食べすぎ。体に悪いよ」


 声の出所は、彼に張り付く小さな影だ。

 これまでずっと無言だったソワレが、ぎゅっとしがみつく手に力を込めていた。

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