エピローグ
1話 アマルダ①
で、それからどうなったかといえば――。
「――――私は悪くない!!」
もちろん、このまま円満解決とはいくはずもない。
周囲を覆う穢れが消え、安堵の広がる法廷内に、鋭い叫び声が響き渡る。
「私はなにも知らなかったの! 騙されていたの! 私……私、ずっとみんなのためだと思ってやってきたのよ!!」
声が聞こえるのは、ちょうど神様を引っ張り起こした私の背後。法廷の入り口あたりからだ。
振り返って見るまでもないけれど、振り返って声の方向を見てみれば、やはりアマルダの姿がある。
現在、彼女は神官長たちとともに、王家の兵たちに捕らえられて法廷を連れ出されようとしているところ。後ろ手に兵に腕を掴まれながら叫ぶアマルダは、いつものように目に涙を浮かべ、痛切な声で訴える――が。
「お願い、わかって! 私は悪気なんてなかったの! そんなつもりじゃなかったの!!」
――あれ。
声を張り上げるアマルダに、私は知らず眉をひそめていた。
なんだか、違和感がある。
――あれって、本当にあのアマルダ?
「グランヴェリテ様のことだって、ノアちゃんがどうしてもって言うから……! ノアちゃんが無理やり、私に聖女の座を譲れって言って……!!」
別に、姿かたちが変わったわけでは決してない。
相変わらず人好きのする、可愛らしいけれど美人過ぎない顔立ち。守ってあげたくなる、小動物めいた小柄な体つき。涙を浮かべた表情も、悲痛な声も、言っている内容も普段とあまり変わらない。
なのに――なんだろう。
明らかに、なにかが違う。
どこがどう、とはっきりとは言えないけれど――。
――なんか……いつものアマルダらしくないというか……。
「みんな、わかって……! 私のせいじゃないの! 私が今までどれほど頑張ってきたか、みんな知っているでしょう!?」
今のアマルダは、妙にわかりやすい。
叫び声の裏にある、『どうにかして助かりたい』という本音。言葉に見え隠れする、他人のせいにしてやろうという心づもり。あからさまな期待を寄せ、自分を救ってくれる誰かを探す――目の色。
いつも澄んでいた彼女の青い瞳が、非難の色を宿して周囲をにらむ。
「ねえ! どうしてなにも答えてくれないの!? どうして誰もなにも言わないの!?」
必死に呼びかけるアマルダに、誰かが言葉を返すことはない。
アマルダに心酔していたはずの神官や神殿兵たちでさえ、戸惑ったように顔を見合わせている。
アマルダ様は、あんな風だっただろうか――と、そう小声で囁き合っている。
あんなに言い訳がましい、あんなに見苦しく騒ぐような、あんなに俗っぽいお方だっただろうか――。
――そうだわ。
聞こえてくる囁き声に、私はすとんと腑に落ちる。
俗っぽいのだ。
かつてのような、良くも悪くも澄み切った無邪気さが、今のアマルダからは抜け落ちていた。
「やだ! お願い、手を離して! 誰か助けて! いつもみたいに、誰か私を助けなさいよ! 誰か、誰か――――」
声を嗄らした叫び声は遠ざかっていく。
いつもであれば、誰かが声を上げているところ。あれではあまりにかわいそうだ、彼女にも事情があるのではないか、あれだけ言うからには、きっと彼女は悪くない――と。
何度も何度も聞いてきた声は、どこからも上がらない。
結局、誰からも手を差し伸べられることのないまま、アマルダは王家の兵によって法廷から引きずり出され――。
その声も、声の余韻さえも消えた法廷には、しんと痛むような静けさだけが取り残された。
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