3話

「――――ほんっっっとに、腹立つわ!!」


 神殿の端の端にある、神様の住む小さな部屋の中。

 私は朽ちかけのテーブルに食事を乗せたトレーを置きつつ、思わずそう口に出してしまった。


「なによここ! ぜんっぜん清らかじゃないじゃない!」

「……ど、どうかされました?」


 まだ午前中だというのに、ほとんど陽の差さない部屋の片隅で、神様が戸惑ったようにそう尋ねる。

 自分がなにかやらかしたとでも思わせてしまったのだろうか。

 どことなく申し訳なさそうに、シュンと身を縮めているようにも見える。


 しかし、今の腹を立てている私は、神様に気を使っては差し上げられない。

 むしろ、よくぞ聞いてくれたと余計に勢い込んでしまう。


「聞いてくださいよ、神様! ひどいんですよ、ここの食堂!」


 神殿での食事は、基本的に食堂で用意される。

 聖女用と神官や神殿兵用の食堂は別れていて、私が利用するのは聖女用の食堂だ。


 もっとも、この食堂の利用者は多くはない。

 多くの聖女は神様用に用意された食事を共に摂るものだし、神様の食事は普通であれば、部屋まで運んでもらえるからだ。


 ――普通であれば、ね!


 要するに普通ではない――『無能神』のように位の低い神様は、食事を運んでもらうことさえない。

 仕える聖女が食堂から食事をもらい、自分で配膳する必要があるのだ。


「別に、自分で食事を運ぶのはいいんですよ! 聖女修行で慣れていますし! 修行中は身の回りの世話も、食事も、掃除も、全部自分でやりましたし!!」


 聖女を目指していた期間は、令嬢として行儀見習いをしていた期間よりも長い。

 おかげさまでこんな令嬢らしからぬ性格になってしまったが、他の令嬢と違ってメイドがいなくても苦にならないのは良いことだ。

 が――問題はそこではない。


「でも、食事が神様によって違いすぎるのは、どうかと思いますよ! っていうか、食事ですらなかったわ! とても神様に食べていただけるものではありません!」


 思い返すのは、少し前の食堂での出来事だ。

 自分の食事ついでに神様の食事をもらいに行ったら、『無能神にはこれで十分だろ』と言われて、カビだらけのパンを投げて寄こされた。

 少し食堂の奥を覗いたら、おそらく他の神様用の食事であろうフルコースが目に入ったのも腹立たしい。


 ――神様の地位で聖女の扱いが変わるのは知っていたけども! 無能神が神殿でも下に見られているのも知っていたけども! それにしたってこれはないわよ!


 あまり腹が立ったので神官に告げ口をしに行ってしまったくらいだ。

 だけどそれも、ろくな反応はもらえなかった。

『神には本来、食事は必要ない』だとか言っていたけれど、じゃあなんで他の神にはフルコースが用意されているのって話だ。ムカつく!


 ――ここは神殿なのよ! その中でも一番神聖な、神様の住まう場所なのよ!? もう少し信仰心があるもんじゃないの!!!??


 世間一般で無能神が馬鹿にされているのは、まあ仕方ない。

 聖女候補だったころ、私も『無能神に選ばれませんように』と祈ったことはなかったことにする。


 でも、ここは信仰の総本山である神殿の中で、最も神聖な場所なのだ。


 別に、いい暮らしがしたいとか、贅沢をさせろと言っているわけではない。

 力ない神様にはそれなりの待遇なのも、まあ仕方ないと思ってはいる。


 それでも、ごく平均的な平民並みの暮らしはできるだろう――と考えていた私が甘かった。

 というか、この部屋を見た時点でそのあたりも察しておくべきだった。


 神殿は、世間よりもよほど、神様の序列に対して厳しくさえある。

 序列の高い神様とその聖女はあからさまに優遇され、低くなるほどに扱いが悪くなる。


「私の食事も、うっすいスープとパンだけ! 貧民街での炊き出しの方がもっとマシなものが出るわよ! こんなのでお腹が膨れるわけないじゃない!」


 ムカムカしながら、私はパンを半分に千切る。

 どうにか譲ってもらえた空の器にスープを注いでいると、神様が不思議そうに体を震わせた。


「ええと、それはお気の毒ですが……その、なにをしていらっしゃるんですか?」


 神様は私に向けて、その泥のような体を伸ばしている。

 覗き込んでいる、みたいな仕草だ。

 実際に目があるのかもよくわからないけど。


「食事でしたら、ここではなく食堂で取られた方が良いのでは? ここには私がいるので、あまり食欲もわかないでしょう」


 見た目的にも嗅覚的にも食欲のわかない神様が、申し訳なさそうにそう言った。

 本音を言うのであれば、私だって、食堂で食事ができるならそうしたかった。


 でも、こうなった以上はそうはいかない。


「神様に、カビたパンを食べさせるわけにはいきませんから」


 不機嫌なまま、私は半分にしたパンとスープをトレーに乗せた。


「私の食事も粗末なので申し訳ないんですけれど――どうぞ。こっちの方が、まだ食べられるはずですよ」

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